そうしたなか、13年11月に此下代表は監視委から新たな嫌疑をかけられることとなる。それが今回の事案だ。問題となったのはウェッジHDが3年余り前に行っていた適時開示。10年3月、ウェッジHDはタイのリゾートホテル会社「A.P.F.ホスピタリティ」の転換社債8億円を引き受けたと公表していた。しかし、実際には公表の10日前からグループ内では不可解な資金移動が繰り返されていた。
資金の出元はタイの保険会社「A.P.F.インターナショナル・インシュランス」で、同社は保有するタイ国債などを売却して4億円強をつくっていた。その資金がタイの「A.P.F.ホールディングス」や大阪府内の同名の会社などを経由、うち3億5000万円がウェッジHDに入金された。ウェッジHDはそれを元手にA.P.F.ホスピタリティに同額を入金、さらにそのカネは再び大阪府内のA.P.F.ホールディングスなどを経由してウェッジHDに還流、以後、同様に3回にわたり4000万円~2億円がA.P.F.ホスピタリティに入金され、その額が計8億円となった後、4億円強がA.P.F.インターナショナル・インシュランスへと戻っていた。すべての資金移動が完了したのは公表4日後だ。
この一連の資金移動について監視委は此下代表が主体となり転換社債の引き受けを仮装した偽計取引と判断した。そして、金融庁に対し約41億円の課徴金納付命令を出すよう勧告したのである。当然、此下代表側は反発、以後、審判手続きが行われたが、監視委の判断が覆ることはなかった。この間の16年8月、此下代表は国を相手取り新たな訴訟も起こしている。監視委の佐渡賢一委員長(当時)がマスコミに対し課徴金勧告の情報をリークしたと主張し、1億円余りの支払いを求めたのである。
今回の課徴金命令に対し此下代表側は行政訴訟に訴えるとしており、最終決着まではまだまだ時間を要しそうだ。
グループ内で資金循環か
そうした一方、APFグループの複雑な金融取引をめぐっては最近でも新たな疑惑が持ち上がっている。今やグループの主柱であるタイの金融会社、グループリースの貸付金をめぐり監査法人が注目すべき指摘を行ったのである。
グループリースはタイでオートバイリースなどを手掛けているが、そのかたわら12年2月にシンガポール子会社を設立し、「戦略的パートナー」と称する先に大口貸し付けも行ってきた。貸付先は主に2グループあり、ひとつはシンガポールを拠点とするグループ、もうひとつはキプロスに拠点を置くグループだった。直近の貸付残高は前者が約5600万ドル、後者が約4200万ドルと日本円にすれば計100億円強にも上っていた。グループ・リース全体の総資産の2割ほどに相当する多額の貸付金である。
不可解なのは両グループともが大量のグループリース株を担保にしていた点だ。とりわけ前者はグループリース株の5%近くを保有している大口株主でもある。通常の金融会社であれば親会社株を担保に貸し付けを行うことは御法度だ。
また、建築資材や不動産などとされる両グループの事業など、実態もわからない点が多い。前者のグループは「クーガー・パシフィック」なるシンガポール法人などからなり、後者は「AREF・ホールディングス」「ベラベン」「バグエラ」「アダレン」というキプロス法人4社で構成されているとされる。じつはこれら5社はいずれも此下代表が唯一の役員を務める英領バージン諸島籍の法人「A.P.F.グループ」の株主に名前を連ねている親密先だ。同社は15年12月に昭和HDの筆頭株主に登場、現在その持ち株比率は約59%にも達している。
こう見てくると、グループリースを起点にやはりグループ内で資金が循環しているように思えてならない。
Jトラストの存在
3月中旬にグループリースに対する監査法人の指摘が明らかになると、APFグループの主要各社は軒並み株価が急落した。それらに連動して株価を下げた意外な企業があった。それがJトラストだった。
Jトラストは元ライブドアグループ幹部の藤澤信義氏が率いる会社で、旧武富士など多額の過払い金返還債務を抱え破綻した貸金業者を次々と傘下に収めて急成長を果たしてきたことで知られる。もっともそのやり方はときに強引で、破綻会社の管財人から裁判を起こされることもたびたびだった。
そのJトラストとAPFグループが急接近を始めたのは2年前。これまでにJトラストはシンガポール子会社を通じグループリースの転換社債を計3回、2億1000万ドルも引き受けてきた。昨年、グループリースの株価はなぜか急騰しているが、その過程でJトラストは昨年末に50億円近い転換社債の評価益を計上、黒字転換の原動力としていた。もっとも、今回の株価急落で今年3月末には逆に約30億円の評価損計上を余儀なくされているから、元の木阿弥となったかたちだ。
前述したグループリースによる特定の企業集団に対する多額の貸付金は、Jトラストと組んだことによる資金量の増大が可能にした。海の向こうで相変わらず不透明な動きを続けるAPFグループに対し、当局が監視の目を弱めることは当分ないだろう。
(文=高橋篤史/ジャーナリスト)