お客様は神様ではない
前号でも紹介しましたが、お客様は神様ではありません。お客様が神様ならば、その神様の言うことにどんなことでも従わなければなりません。しかし、お客様というのは、パナソニック創業者の松下幸之助氏の言葉によれば、王様です。
松下氏は、「王様は、ときには家臣や人民に理不尽なことを要求することもある。そういう場合には、王様にそれは理不尽であるとお諫めすることも必要だ」と言いました。それでも、王様が理不尽な要求を止めないのであれば、国外に逃亡したり、反乱を起こすのが正常な民の行動です。会社と顧客の関係もこれと同じです。
今回、ヤマトHDの得意先は、かつての三越ほど阿漕な要求をしたわけではありませんが、事業を守るべき方策として一部撤退や値上げに踏み切ったのです。
現実には、それができない企業が多いのです。たとえば、本連載前回記事で紹介した「てるみくらぶ」は、それができずに破たんしてしまった例です。ヤマトHDは、そういう事態を回避すべく、今回の打開策を講じたのです。
犠牲者を生み出さないための経営
ヤマトHDが今回の打開策に踏み切ったもうひとつの重大な理由は、人手不足と労働環境の悪化が挙げられます。同社は4月、インターネット通販の急拡大に伴ってドライバーの長時間労働が常態化し、サービス残業が生じていたとして、過去2年間の未払い金190億円を支払うと発表しました。対象者はグループ全体で約4万7000人に上ります。
いうまでもなく、これは慢性的な長時間労働によってドライバーが相当疲弊していることの現れです。この190億円という負担額は、前述した配送事業セグメントの利益である56億円を大きく上回る負担です。ということは、宅配事業は実質的に赤字に転落していたということが露わになったのです。
もし、ヤマトHDが残業代を払わず無理な経営を続けていれば、そのしわ寄せは必ず「弱者」にいきます。この場合は従業員、ドライバー、下請け業者であったりします。同社には20万人近くの人たちが働いており、これ以上の重課は、電通やワタミのような犠牲者を生み出しかねないというところまで深刻化していたのです。そのようなブラック企業にならないためにも、今般の抜本的な改善策は、避けて通ることができないものでした。
どんなに安く提供されるサービスでも、これにかかわる働き手が犠牲者になるような過当競争は、けっして経済社会によって好ましいものではありません。そういう意味で、あえて顧客に対して主張を行うヤマトHDの行動を、筆者は一消費者として支持したいと思います。また、このような決断がどのような会社をつくるのか、そういう点で、ヤマトHDのこれからの経営は大いに注目すべきです。
(文=前川修満/公認会計士・税理士、アスト税理士法人代表)