安倍政権、米の安定供給を放棄…専門家の議論なし、突然の種子法廃止が波紋
日本の食料安保が危うい
それにしても、今回なぜ種子法を廃止したのか。確かに、少子高齢化で胃袋の数が減り、そのサイズも小さくなっている点では、特に食糧(米、麦など主食物。食料は主食物を含む食べ物全て)としての米では増産が必要ではない。しかし、米国トランプ政権などによる貿易や安全保障情勢の緊迫化、あるいは各種災害・冷害などの懸念は増すばかりだ。
つまり食料安全保障のためにも、先の「我が国の基本的な食糧であり、かつ、基幹的な作物である主要農作物」生産の基礎となる優良種子生産・普及制度の必要性は、むしろ高まっているのではないか。ところが、それをいとも簡単に、一気になくした。なぜか。
先の意見交換会で、下山久信・全国有機農業推進協議会事務局長(農家)は、「(昨年11月)安倍さんが米国でトランプさんに会った後の2月の閣議で、突然、種子法廃止が決まった。その間、自民党の農林部会でも一切、議論はなされていない。どんないきさつがあったのか」と、疑問を投げかけた。
改正ではなく廃止した3つの理由
第193回国会・衆議院農林水産委員会(17年3月23日)で、佐々木隆博委員(民進党議員)の質問に対して、柄澤彰・政府参考人(農水省政策統括官)は、種子法には法律上の3つの構造的(仕組み)問題があり、「改正してもこれは直らないために、廃止の判断に至った」旨、答えた(以下、国会の議事録などを利用する場合、煩雑になるために、旨=要旨と書くのを省く)。
その1つは、種子法の仕組みとして、都道府県の開発品種を優先的に奨励品種に指定することになっているため、民間企業の開発品種の奨励にはつながりにくい。
2つ目は輸出用米や業務用米など都道府県の枠を超えた広域的な種子生産が求められても、奨励品種に指定されにくい。
3つ目は、必ずしも米麦などの主産地でない都道府県を含めたすべての都道府県に対し、原種、原原種の生産や奨励品種の指定試験などを義務付けている。
その上で、これらの課題が明らかになり、しかもこれは「法律の構造的な問題」のために、「改正しても直らないので、廃止する判断に至った」(柄澤政府参考人)。
結論を先にいうと、実はこれは16年10月6日の「規制改革推進会議/農業ワーキング・グループ」で配布された資料【編注9】に書かれている、「(10)(略)地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」と一致する。
つまり、規制改革推進会議が出した結論が先にあり、農水省は後からそのための3つの理由を考えたのではないか。いずれにせよ、基本的な疑問が2つある。
まず、多くの消費者の主食である米の種子開発で、なぜ国や都道府県などが中心ではダメなのかという疑問である。なぜ、自由競争下にあるはずの、多国籍企業など外資系を含む民間企業の開発意欲を考慮し、その参入を促進しなければならないのか。
2つ目は、仮に民間企業の力が必要ならば、「地方公共団体中心のシステム」という法律の構造を変えずに、その旨、種子法の一部を改正すれば、それで済む話ではないか。何がなんでも民間企業をという筋立ては、余りにも強引で乱暴な話だ。福島伸享委員(民進党議員)は国会で、次のように質問した。
「この話は規制改革推進会議などで議論されたが、専門家の議論をしているか。審議会(例えば食料・農業・農村政策審議会食糧部会など)などの手続きを経て農水省として意思決定をしたか」
これに対し、前出・柄澤氏は次のように答弁した。
「その審議会の権限に属せられている審議(米穀の需給及び価格安定に係わる基本指針など)には該当しないので、議論されていない」
あくまでも民間参入(種子)ファースト
先の柄澤氏は廃止後のメリットについて、(1)義務が廃止されて、都道府県はフリーハンドになり、民間を含めて奨励品を指定しやすくなる、(2)別に農業競争力強化支援法案などで民間事業者の新規参入支援措置をするために民間企業の参入が進み、農業者の選択が拡大する、とした。それを含めて国会では、どんなやり取りがあったのか、確認しておきたい。
前出・佐々木氏「今、身軽(フリーハンド)になると。そういう声はあったのか、要望はあったのか」
柄澤氏「日ごろ私どもいろいろな業務をしている過程で、そういう判断に至った」
佐々木氏「誰かのニーズなどがあったわけではなく、自分たちがそう思ったから廃止した話だから、説得力が非常にない」
佐々木氏「主要穀物がなぜ稲と麦と大豆なのか、それは日本人の主食として代替がきかないからだ。この3つはちゃんと行政が責任を持って育種をし、種を保存しなければならない。その考えを捨てるのか」
齋藤健・農林水産副大臣「稲、麦、大豆が我が国の土地利用型農業の重要作物で、その生産の基本的資材の種子は重要な戦略物資という基本的認識は今後も一貫して変えるつもりはない」「輸出向けとか、市場ニーズに適した品種改良を民間参入含めて進むようにするには、国が法律で強制する必要はなくなった」
農水省は変節か
先の衆議院農林水産委員会(3月23日)の2週間前、3月8 日の同委員会で日本共産党の畠山和也委員が、こんな指摘をして驚かせた。07年4 月20 日の規制改革会議関連の会議【編注10】で、種子法に関連して今回とは逆に、「当時の議事録を読むと、農水省自身が反論文書を提出していた」というのだ。
当時の竹森三治・農水省生産局農産振興課長が、「民間の新品種が奨励品種になることが極めて困難、阻害要因となるとの指摘があるが」との問いに対してこう答えている。
「公的機関による育成品種が奨励品種の大半を占めるという現状だが、奨励品種については公的機関が育成した品種に限定はしていない」「民間で育成した品種について、優良なものは積極的に奨励品種に採用するよう都道府県に対して指導している」「民間育成品種も一部奨励品種になっている」
そして、稲では2品種、小麦では1品種、二条大麦(ビール麦)ではビール会社が育成した7品種が奨励品種だと明らかにした。最後に、「本制度が新品種の種子開発の阻害要因となっているとは考えていない」と断言した。
この証言を基に、畠山議員は「これまで明確にこのように否定してきた。なぜ認識が変わったのか」と迫った。しかし、柄澤氏も、さらに答弁を求められた山本有二農水大臣も、「民間企業との連携云々」と、先の“民間参入(種子)ファースト論”を繰り返すだけだった。
亡国の道を“公共種子保全法”で断つ
先のもう一人の呼びかけ人、金子美登・全国有機農業推進協議会理事長(農家)は、「種子法廃止は亡国の道」と断じた。最後に山田元農水大臣が、種子法に代わって、議員立法による「公共種子保全法(仮称。公共機関による公共品種育成)」の制定を提案した。これを含め、じっくりと、落ち着いて考えてみたい。
(文=石堂徹生/農業・食品ジャーナリスト)
【編注1】「種子が消えれば、食べ物も消える。そして君も」:ベント・スコウマン=元国際コムギ・トウモロコシ改良センターのジーン・バンク担当者の言葉
【編注2】サンフランシスコ平和条約:対日平和条約。1951年9月8日に米サンフランシスコで日本と48ヵ国が調印。条約発効で連合国による占領が終わり、日本は主権を回復
【編注3】ほ場審査:ほ場(田畑)審査は、都道府県が種子生産ほ場で栽培中の主要農作物の穂の出方や成熟状況などについての審査
【編注4】「主要農作物種子制度運用基本要綱」:「農林水産事務次官依命通達」昭和61年12月18日「第1 制度の趣旨及び運用の基本方針」
【編注5】稲はイネ科の一年草の植物。米は稲の果実
【編注6】原種・原原種:原種は品種本来の遺伝的特性を維持している種子。原原種はその元になる親
【編注7】優良品種の決定:種子法第八条=優良品種を決定するための試験
【編注8】先の「基本要綱」:第2奨励品種の決定 1奨励品種の決定基準
【編注9】2016年10月6日「未来投資会議 構造改革徹底推進会合「ローカルアベノミクスの深化」会合 規制改革推進会議農業ワーキング・グループ『総合的なTPP関連政策大綱に基づく「生産者の所得向上につながる生産資材価格形成の仕組みの見直し」及び「生産者が有利な条件で安定取引を行うことができる流通・加工の業界構造の確立」に向けた施策の具体化の方向』
【編注10】規制改革会議関連の会議:規制改革会議地域活性化ワーキンググループの第2回農林水産業・地域産業振興タスクフォース