韓国のSKハイニックスが“漁夫の利”を得るスキーム
革新機構は「国家安全保障上の問題がある。戦略的に重要な技術が海外に流出するのを阻止する」との建前をふりかざしている。だが、官邸も経産省も二重基準(ダブルスタンダード)であることに気づかないふりをして押し通そうとしているだけなのだ。
日本電気(NEC)、日立製作所、さらに三菱電機のDRAM事業が経営統合して誕生したエルピーダメモリが2012年に経営破綻し、米国のマイクロン・テクノロジーが超安値で買い叩いて手に入れた。
経産省はマイクロンによる買収にまったく異を唱えなかった。東芝メモリのNAND型フラッシュメモリより、DRAMのほうが防衛上の重要度は格段に高い。DRAMはロケットの心臓部に使われる最重要軍事技術なのだ。エルピーダメモリのDRAMの売却時には「技術流出」の議論は起きなかった。買い手が米国企業だからだろう。
ホンハイが台湾企業で、中国とも関係が深いことから世耕氏は声高に「(中国企業への)技術流出阻止」を言っている。世耕氏の行動原理は、「東芝問題で自分を安倍首相に売り込むことしか考えていない」といった辛辣な見方をする関係者もいる。「世耕氏の判断はまともじゃない」と吐き捨てるエレクトロニクス業界のトップもいる。
日米韓連合の枠組みが正式に決まれば、韓国へ技術流出することになるのは明らかだ。日米韓連合は、革新機構と政投銀が東芝メモリの3分2の議決権を取得。残る33.4%を米ファンドのベインキャピタルが取得し、韓国のSKハイニックは融資の形で参加するということになっている。
綱川智・東芝社長は6月28日の株主総会で「SKには議決権はなく技術流出は防げる」と明言していた。ところが7月4日付毎日新聞は、こう報じた。
「関係者によると、SKは将来的に東芝メモリの最大33.4%の議決権を取得する権利を求めたという。3分の1超の保有によって重要事項で拒否権を発動できる」
革新機構とベインキャピタルは投資ファンドだ。5年程度で資金の回収に入り、出資金を引き上げる。投資ファンドとして当然の行動だ。その後に、SKは議決権を取得して、東芝メモリを傘下に収めるというシナリオであることが読み取れる。東芝がWDやホンハイとバトルを繰り広げている間に、SKは黙々と、“漁夫の利”を得ることを狙っている。
半導体や液晶などエレクトロニクス関連部門の売却や出資で、日本企業の存在感は薄い。だが、日本企業が尻込みするのには理由がある。エレクトロニクス分野の最先端技術は、短期間でその技術が陳腐化するからだ。極めて高いリスクを内包しているのだ。
経産省が音頭を取り、革新機構や政投銀が関与する話ばかり流れ、これで一件落着のように映るが、経産省が半導体や液晶に積極的に関与してうまくいったことはない。東芝メモリも、その轍を踏むことになる可能性は高い。
きしむ枠組み、空中分解か
「意見を変える人がいてややこしい」(関係者)
SKハイニックスが経営への関与を模索し始めたことに関係者は「論外」と切り捨てる。SKの変心に伴い、契約の調整スピードは鈍っている。6月中に契約は完了せず、8月以降にズレ込む可能性まで出てきた。8月までに決まらなければ、日米韓連合はご破算となり、「別の手を考えないといけなくなる」(関係者)とみられている。
7月14日の米カリフォルニア裁判所での審問は28日まで判断が先送りになったが、判事は「東芝が売却完了の2週間前にWDに通知すること」を提案した。これを受けて東芝は「次回、28日の審問までに売却を完了することはない」とコメント。対するWDのスティーブ・ミリガン最高経営責任者(CEO)は「我々の勝利だ」とのコメントを出した。
WDは、東芝がWDの同意を得ないまま売却手続きを進めたとしても、東芝から通知があった段階で差し止め請求することにより、売却をストップさせることができると判断しているようだ。
東芝は売却交渉を継続するが、訴訟リスクを抱えたままの片肺交渉を余儀なくされる。絶対本命だった米ブロードコムが、28日の審問の結果を経て復活してくるか、売却交渉そのものが空中分解するか、二者択一となるかもしれない。
(文=編集部)