命の危機を体験
インタビューの間、終始感じたのは、売野氏のエレガントさだ。話し方、仕草など、売野氏の佇まいは、エレガントの一言に尽きる。そのせいか正直、生活感がないばかりか、年齢という概念もないような感じだ。しかし、実生活では、長年連れ添った妻と一人娘がいる。
「子供を持ったことは本当によかった。子供を通して自分が子供の時に何を考えていたかなど忘れていたことを思い出したり、子供を持たないとわからないこともたくさんあったと思う。今も娘はすぐ会える場所に住んでいて仲がいいよ」(同)
売野氏は、このように語り父の顔を覗かせる。だが、仕事のために家族と離れてひとりでホテルに缶詰になることもしばしばだという。そんな生活のなか一昨年、命の危機を感じるような出来事があった。
「2015年に変な息切れがあって、『もしかしたら心臓病なんじゃないか』と気になって大きな病院へ行ったんだよ。いろいろな検査をした結果、大丈夫だと診断され、『あーよかった』と安心していたんだけど、それが間違いだった。年末の12月29日、実家に帰る予定だったけれど、なんとなくだるい感じがした。帰りたくないとかではなく、具合が悪いわけでもない。『かったるい』としか言いようがない状態。そこで、帰省を1日伸ばしたが、次の日もかったるかった。そんな状態で帰省を引き伸ばしていたら、年が明けてしまった。
そして1月2日、『今日こそは帰ろう』と決めて朝起きたら、喉が苦しくなった。まるでドライアイスを飲み込んだような苦しさだった。続けて、心臓に痛みが走った。長年、合気道や気功を続けていたから、自分で心臓を押さえて気を入れるようにしたら5分くらいで治って、『よかったー』ってホッとしたよ」(同)
まるでコメディのような口調で話すが、その時の病状は深刻だったという。
「でも、それから30分くらいしたら『ドカン!』と大きな痛みが来た。これは緊急を要するということはすぐにわかったから、自分で救急車を呼んだ。意識がなくなったら終わりだと思い、気持ちをしっかり持とうと意識して、まず友人に電話して状況を伝えた。それから、もし手術になったらと考えて、手術中に粗相があっちゃカッコ悪いからトイレに行ったよ」(同)
思わず笑ってしまったが、命にかかわる状況だったことは間違いない。電話中、椅子に腰かけていたが、痛さのあまり前のめりになり、床に水たまりができるほど額から汗が滴り落ちたという。
それでも、救急車が到着し病院に搬送される間、救急隊に「奥さんに電話します」と言われると、当時病気がちだった妻がパニックになっては大変と思い、「娘に連絡を」と答えたほど妻を思いやる。
その後、心臓の手術を受け順調に快復したが、正月から手術ができる病院が近くにあり、発作から手術までが速やかだったおかげで大事に至らずに済んだ。目に見えない何かに守られていると感じる出来事だったようだ。