あるサービス商品が登場した際に、既存の別の商品の売上がそれに従って減少してしまうような場合に、このふたつの商品は「代替財である」という言い方をする。ビールとチューハイ、外食産業とコンビニ弁当、スマホと格安スマホはすべて代替財であり、後者の需要が増えれば前者の売上は減ってしまう。
リアルな旅行商品である「ニューヨーク旅行」は、VRによる「仮想ニューヨーク旅行体験」と代替財である可能性は十分にある。もしその通りであるとすれば、世の中にたくさんの類似サービスが登場して、気楽に海外旅行の疑似体験を楽しめるようになるとすれば、わざわざ苦労をして、混雑する機内で我慢しながら、長時間かけて旅行に出かける必要はなくなるかもしれない。
たとえば、パリからさらに片道5時間かけてあこがれの世界遺産モンサンミッシェルに行くよりも、VRでいきなりモンサンミッシェルに渡る橋のところに出現して、そこから歩きはじめて、3時間たっぷりモンサンミッシェル入口の参道のにぎわいから、寺院の中をくまなく見学できたとしたら、それは素晴らしい体験かもしれない。さらにツアーの最後に名物のオムレツを堪能することができれば(注:モンサンミッシェルのオムレツは実際、東京の丸の内で販売している)、仮想ツアーとしての完成度は現実の旅行に比肩する可能性はある。
同様に、ケニアのサファリツアーや、ペルーの空中遺跡マチュピチュ、壮大なヒマラヤ山脈のトレッキングツアーなど、行きたくてもなかなか行けないような場所への仮想VRツアーであれば、これまでになかったほどの新規需要を生み出せるかもしれない。
補完財
そうなるとリアルな旅行業は今後、縮小していくのだろうか?
いや、もうひとつ別の考え方がある。VRの仮想旅行商品はリアルな旅行の「補完財」になるかもしれないのだ。
ひとつの商品の需要が伸びると、それにつれて同じように需要が伸びる商品のことを補完財という。パンが売れればバターやマーガリンも同じように売れる。自動車が売れればガソリンも売れる。それと同じ原理で、VRによる仮想海外旅行の需要が増えるにつれて、「こんなに素晴らしいのだったら、一度、本当のニューヨークを見てみたい」と思う人が増えることで、海外旅行の需要が増えるといった現象が起きるとすれば、旅行とVR旅行は補完財になるのである。
こちらのシナリオも十分にありそうだ。実際、私の場合、可能なら年に2回、長い休みを取ってハワイに出かけたいと考えている。それでハワイに行くことができない日常の中では、ハワイの映像を収録したブルーレイの映像ソフトを大画面テレビで流して自分自身を癒している。そうしてハワイの映像を見れば見るほど、私の心はハワイに行きたくなってしまうのだ。
また、実際に行ったことがない人に対しての仮想体験は旅行商品の販売にプラスになる要素が多い。たとえば豪華客船クルーズという旅行商品がある。これは行ってみるとわかるのだが、豪華客船が立ち寄るそれぞれの停泊地での観光もさることながら、豪華客船の船内にあるさまざまなエンタテインメント体験がクルーズの醍醐味である。
そういったことは口で説明してもなかなかわらかないものなのだが、最近ではクルーズ商品の販売現場でこのVRがとても役に立っているというのである。
さらに可能性としていえば、旅行先のオプショナルツアーの販売などではこのVRは販売増加に役立つかもしれない。ハワイに出かけたうえでのイルカツアーやダイビング体験、クルージングによる釣り体験など、10分間の仮想体験を通じて「実際のツアーに行ってみたい」という需要は簡単に喚起できそうだ。
筆者の回りで意見を聞くと、今の段階ではVRは代替財というよりは補完財ではないかという意見のほうが根強い。確かにVRは面白いが、それで旅の代わりになるかというと、旅は実際に出かけ、そこで現地の空気を吸い、風を感じなければ面白くないというのだ。それに日本を離れなければできない買い物という楽しみもリアルの旅行の重要な要素である。
ということで、現時点での仮説としてはVRが広がれば広がるほど、リアルな旅行需要はそれにつれて拡大するということなのだが、この先の未来はいったいどうなるのだろうか。業界の発展が楽しみである。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)