孫正義氏は投資家に変貌したのか
ソフトバンクは今や、ベンチャー企業に投資する巨大なファンドであると同時に、通信、電子商取引、ハイテクなど既存の出資先の運営にも関与する事業会社でもある。
今回の米携帯電話の統合問題では、孫氏と彼の理解者である柳井氏との考え方の違いが浮き彫りになった。柳井氏は「日経ヴェリタス」(日本経済新聞社/6月18日号)のインタビューで、孫氏にこう苦言を呈していた。
「『彼には投資の才能があることは分かっている。だが、同じ才能を生かすなら投資家ではなく実業家として成功してもらいたい。本業に徹してもらいたい。孫さんはグループ会社を5000社にすると言っているが、僕は20~30社にしてそれぞれが何兆円という売上高を持つ会社にしてもらいたいと思う。そうじゃないと実業家ではなく投資家になってしまう』」
米携帯電話の統合問題で、柳井氏が「スプリントの経営権を手放すべきではない」と異議を申し立てたのは、孫氏に「実業家として、スプリントを立て直してほしい」との思いが込められている。
ところが、肝心の孫氏はファンドビジネスに前のめりだ。
2010年6月のソフトバンクの株主総会で、「30年ビジョン」を発表した。情報革命にこだわり、40年には戦略パートナーとなる企業を5000社に増やし、その時の時価総額は200兆円、世界のトップ10を目指すというものだった。
あれから7年。孫氏一流の大風呂敷と受け取られていた計画が実際に動き出した。今年5月、世界のIT(情報技術)関連ベンチャー企業に投資する「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を設立。サウジアラビア政府のほか、米アップルなど約10社が参加し、米IT企業などに出資している。
「30年ビジョン」を達成するためには、10兆円では足りない。10兆円ファンドを次々とつくっていかなければならないだろう。
10月20日付日本経済新聞のインタビューで、孫氏はこう語っている。
「2~3年ごとにビジョンファンド2、3、4と続けていく。構造的に10兆円、20兆円、100兆円という単位で資金力を増やし続けられる仕組みをつくっている」
この発言に見られるように、孫氏の実像は投資家であって、もはや実業家ではない。
「孫さんはウォーレン・バフェットを超える世界一の投資家になる。間違いない」
みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長は7月28日、東京都内で開かれた催しで孫氏をこのように絶賛した。バフェット氏は「投資の神様」として名高い米投資家だ。メガバンク首脳のお墨付きを得た孫氏は投資家街道をまっしぐらに進む。
“孫商法”は曲がり角を曲がってしまった。
(文=編集部)