――副社長が目指す、実現したいことを言語化し、社員に具体的に明示したわけですね。
福永 そして、それら3つのスタンダードの上位概念として、「キムラヤカテゴリーを創造する!」「『おいしいパン』を提供し続け、正しい利益を得る!」という方向性を示しています。仕組みや基準・手順に沿って考え行動することが、「ロボット人間をつくる」「没個性を求める」のではなく、「木村屋の強み、こだわりを発揮する」「利益を得て継続性のある事業にする」ということを認識して、唯一無二の中量生産の袋パンメーカーになりたいとの思いがあります。
――私の経験からも、古い行動規範や価値観に染まった古手社員ほど動かしにくい。何より彼らはどう変わればいいか、自分ではわからない。副社長がそれらの文言を通じて、求める新しい基準、価値を示したのはとてもよかったと思います。
強みを押し出し、日本一の袋パンメーカーに
――木村屋総本店の副社長に着任されて、4年が経ちました。不調のどん底にあったスーパー・コンビニ向け事業を軌道に戻し、これから次のステージに入っていく段階ですが、今後について副社長はどんな経営方針をお考えなのでしょうか。
福永 経営戦略の王道として、「自社の強み、こだわりに徹する」ということがあると思います。インストアベーカリーでは実現できない中量生産で、従来の袋パンの常識を超える「ひと手間かかった美味しい袋パン」を提供することです。製品開発でも大手が実現できないこだわりのあるもの、カスタマイズした袋パンを出していきたい。量産のパンには不可欠な乳化剤やイーストフード、ショートニングやマーガリンなどを不使用とした「ブリオッシュ風クリームパン」を新製品として昨年春に発売しました。素朴な美味しい袋パンということで評価をいただき、今では不使用シリーズが11ラインナップにまで成長してきました。
――社員の意識改革は十分なレベルに達しましたか。
福永 事象に対する認識を変えることと、その結果、仕事のやり方が変わるという、認識と行動の両方が変わることを期待しています。しかし、慣れ親しんだ認識と行動の両方を同時に短時間で変えることは難しい。まずは、理解、認識は完全でなくても、新しい手順や基準を設定して『とにかくそれに沿って仕事をやってくれ』と繰り返しています。理解や認識は後から追いついてきてくれるのを期待しているわけです。数値結果が変わることを体感したことで、認識を変える社員が少しずつですが現れています。
――企業再生で、実は企業文化を変革することが一番難しい。
福永 その通りです。私も繰り返し強く働きかけてきましたが、まだまだ不十分です。これからも継続して働きかけていくつもりです。「社員のやる気が大事だ」などモチベーション向上を優先する経営者も多いですが、実は決まった基準と手順をしっかりやってもらうこと、そしてその重要性を繰り返しコミュニケーションしていくことを先行しないと、社員や会社は変わってくれません。
――変化、変革フェーズではトップからの強い働きかけがなければ、それは実現できません。
福永 部長以上の幹部社員には、毎朝「副社長メッセージ」と題したメールを発信しています。間もなく1,000回を迎えますが、認識と行動の両方の変化が起こるまで継続していくつもりです。
――今後目指していくところは?
福永 日本一の袋パンメーカーになることです。山崎製パンさんやパスコさんの規模になれるとは思っていません。「中量生産」によって、ひと手間かかった美味しい袋パンを提供し、しかも狙った生産性を確保できる特徴のあるパンメーカーになることです。「木村屋の袋パンは美味しいね」「バリエーションも豊富で選ぶ楽しさもあるね」とお客様に認められ、厳しいマーケット環境下であっても、強みとこだわりを消費者に届けている袋パンメーカーを目指していきます。「中量生産」の袋パンメーカーで、こだわりと生産性の両方を同時実現する袋パンメーカーとして日本一にチャレンジします。
福永氏が考える「プロ経営者像」
――福永副社長が木村屋総本店に入る前のご経歴を教えてください。
福永 大学を出て新卒で日本生命に入社し、14年間勤務しました。その後、製造業の会社を活性化する仕事をしたいとの思いから、コンサルティング会社に5年間勤務し、事業会社では経験できなかった多くのことを学びました。
――その後、経営職に就かれたのですか。
福永 日本航空の再生を手がけたことで知られる企業再生支援機構に移り、再生支援に乗り出した事業会社に派遣される機会を得ました。
――どんな会社だったのですか。
福永 中堅の印刷会社で2年間構造改革担当役員として指揮を執らせてもらいました。この印刷会社が無事にイグジットした際に、木村屋総本店の構造改革の話をいただき、経営共創基盤からの派遣経営者として13年の4月に着任しました。
――2社の再建を手がけて、どんな感想を持たれていますか。
福永 「中小企業だから」「少子高齢化だから」「大手スーパーが強いから」などと考えて諦めている経営者がいるとすれば、考え方や行動の仕方を変えると、まだやれる部分があるな、というのが私の思いです。
――福永さんはいわゆる「プロ経営者」ですが、「プロ経営者」とはどんな経営者だとお考えですか。
福永 いろいろな要素があります。ターンアラウンド(方向転換)できるのは、その会社の既得権や過去の習慣を壊せる人です。それから、軸がブレないということです。カリスマ性などよりも、変革フェーズではトップの軸がぶれないことは極めて重要なことです。
論理的に、戦略的に意思決定できる、ということも重要です。それもスピーディに。そして事業特性に応じた利益創出のパターンを見つけて仕組み化できることが必要でしょう。キャラクター的には猪突猛進で突き進む勇ましい人ではなく、行動、言動に根拠がある人、ということでしょう。
対談を終えて(山田の所感)
世の中で「プロ経営者」というと、外部招聘されて大企業の経営を任されたり、大手外資系企業の社長上がりの経営者など、著名な方の顔がいくつも目に浮かぶ。私自身や私の先輩、新将命(あたらしまさみ)氏なども、いくつもの会社を任されたということでは、その走りみたいなものだった。しかし、私たちの時代ではまだ「プロ経営者」という言葉も使われておらず、複数の会社の経営の任に当たるのは例外的な存在だった。
今世紀に入り、企業のM&A(合併・買収)が盛んになるのと軌を一にして、経営者層の流動性が一気に高まってきた。しかし、他の会社の、そして見知らぬ会社の経営を素手で引き受けられる、それこそ「プロ経営者」人材の供給はまだまだ足りない。
そして、特に供給とのミスマッチが生じているのが、中堅中小規模の会社だろう。その意味で、木村屋総本店のケースは外部からの着任経営者が本当に草の根レベルまで浸透していくのか、好個な試金石と見ることができる。経営者として福永氏と同様なキャリア・パスを通過した私としては、福永氏の経営手腕と同社の再活性化の道筋をぜひ見守っていきたい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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選考させてもらいますのでご了承ください。