ただ、できれば伊調問題と同様に弁護士をスポークスマンとして前に出せば、さらによかったのではないか。弁護士という公正な立場が、孤軍奮闘して孤立したようにもみえる貴乃花親方の立場を強く補完できたのではないか。
伊調問題と今回の貴乃花親方の告発は、その進展において互いに影響しあってきたと私は見ている。昨年10月以降の貴乃花親方による被害届提出とその後の展開がなければ、伊調選手のために告発しようという勇気は告発者に出なかったのではないか。告発状は今年1月18日に提出された。貴乃花親方の毅然とした対応に、伊調選手を擁護する告発者は背中を押されたと見ることができる。そして、3月1日にその事実が報道されると、今度は貴乃花が同様な告発を9日に断行した。「告発ラリー」ともいうべき2事案がシンクロして進行したと推察される。お互いの行動、そして信念が、互いに勇気を与え背中を押して進んでいる。
興味深いのは、両事件とも被害者本人は告発に及び腰であることだ。伊調選手は事態が報道されるとただちに所属会社を通じて「告発状については一切かかわっておりません」という声明を出した。貴ノ岩に至っては、事件の翌日わざわざ加害者である日馬富士に謝罪に出向いているばかりか、傷を押して稽古を始め、事件がなかったかのように振る舞った。
狭いムラ社会であるスポーツ界で生きる選手たちは、「その後」を慮って自らコトを荒立てるのをためらう傾向がまだ強い。その壁を破って協会と対峙するというのは、よほど信念のある人でなければならない。ひたすら相撲道を追求する貴乃花はそのような人物だ。
告発ムーブメントがスポーツ界でも
昨年ハリウッドから起こりアメリカ全土はおろか世界的に広まったのが、女性に対する性的ハラスメントの告発運動だ。今までは孤立していて声を上げることのなかった女性被害者たちが、このムーブメントに励まされて被害を告発し始めたのだ。
伊調問題と貴乃花親方の告発でも、旧態依然たる競技団体というムラ社会のなかにいて声を上げにくかった被害者側が、影響しあって問題を指摘し始めたのだ。上下関係の厳しい相撲界では「無理へんに拳骨と書いて兄弟子と読む」などという言葉までが使われてきた。しかし、競技団体というのは、つまるところそこに属する選手のために存在するはずだ。弱い立場の選手が貶められたり、パワハラに泣くようなことがあってはならない。
思えば、スポーツ界における告発ムーブメントの走りは、2013年に発覚した女子柔道選手に対するパワハラ・セクハラ事件だったと思う。私たちは、虐げられたほうの存在である被害者側の告発を強く支持するべきで、一部記事に見られる「世渡り下手の貴乃花親方、深まる孤立」などと、その行動を腐したり貶めるべきではない。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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