(「武田薬品HP」より)
2013年3月決算は、陰の極はパナソニック、シャープなどのエレクトロニクス企業だったが、これはマーケットも織り込み済み。高収益会社といわれる中では武田薬品工業の不振が際立っていた。本業の儲けを示す連結営業利益は前期比54%減の1225億円。会社予想の1600億円を大きく下回り、3期連続の減益だった。
「率直に申し上げて、詰めが甘かった」。長谷川社長は見通しの甘さを認めた。主力の糖尿病治療剤「アクトス」の売り上げが特許切れに伴って落ち込んだ上に、欧米では財政悪化を背景とした医療費抑制、国内では後発医薬品の浸透が逆風になったという。
14年3月期の連結営業利益は前の期より14%増の1400億円となる見通しだが、12年5月に公表した営業利益2250億円の目標を大幅に下方修正した。2%の増収を見込むが、急激な円安で800億円の増収要因があり、これを除くと実質減収になる。「アクトス」の売り上げは前期比64%減の440億円。高血圧症治療薬「ブロプレス」は同13%減となる。
決算と同時に発表した経営計画は、深刻な経営実態を映し出した。14年3月期を初年度とする5カ年の経営計画は、具体的な数値を明らかにしなかった。名称も中期計画から中期成長戦略に変わった。昨秋、新しい経営計画に「営業利益率20%達成」など高いハードルの数値目標を盛り込むと公約していた。投資家の多くは、V字回復を期待していたから、完全に肩すかしをくらった。
経営課題は「2010年問題」を乗り切って、成長軌道に戻すことだった。「2010年問題」とは、2010年前後に製薬大手各社の有力な医薬品の特許が一斉に切れたことからこう呼ばれた。稼ぎ頭の主力薬品の特許が失効すれば、成分が同じで値段が半分以下のジェネリック(後発医薬品)の攻勢にさらされる。
大幅な減収・減益に対処するため採ったM&A戦略も、道半ばだ。11年9月には、スイスの非上場製薬会社・ナイコメッド社を、国内製薬会社として過去最大の1兆円で買収した。M&Aをテコに、業績のV字回復のシナリオを描いたが、夢は儚く消えた。13年決算で3%の増収を辛うじて確保したのは確かにナイコメッド効果だが、寄与度が高いとはいえない。
投資家と市場の信頼を裏切った代償は大きかった。決算発表の翌日の5月10日は1ドル=100円を突破したことから、日経平均株価は400円以上急騰した。だが、武田薬品株は一時、前日比510円(10%)安の4790円と急落した。その後も、株価は回復していない。6月11日の終値は4415円。年初来の高値(4月25日の5520円)から1000円以上も安い。
社長に就任して11年目を迎える長谷川氏に対して、決算説明会でアナリストから「対外的ポストが忙しく、(報告を受けるのが遅くなり)判断が遅れた可能性はないのか」との厳しい質問が飛んだ。長谷川氏は経済同友会の会合で「『業績が悪いのは、財界をやっているからじゃないか』と言われてしまったよ」とボヤいてみせたが、それを聞いていた他のメンバーは冷ややかな反応だったらしい。
11年4月から経済同友会の代表幹事を務め、今年からは安倍政権の経済政策アベノミクスの「3本の矢」のうちで最も重要な成長戦略を策定する産業競争力会議のメンバーになった。政府委員、財界トップと現役社長。2足どころか大きなわらじを3足も履いている。いつ武田薬品の社長を後進に譲るのかと、人事のシーズンがくると毎年のように言われるが、本人にその気はないようだ。
決算説明会でのアナリストの厳しい質問がこたえたというのはポーズにすぎない。自信家の本人は「『自分はよくやっている』と考えている。財界と社長の両立は可能だと今でも思っている。どちらかを辞める気など、さらさらない」(有力財界人)との証言もある。
経済同友会には恐ろしいアノマリーがある。前代表幹事のリコーの桜井正光社長(当時)は代表幹事に就任した時は会社の業績は良かったが、その後、業績が急降下した。武田薬品は同じ轍を踏んでいるとの指摘もある。
武田薬品には4つの大型薬があり、これで国際的な高収益製薬会社になったが、「トンネルの向こうの明かりが見えているが、かつてより小さい」(長谷川社長)状態だ。グローバル市場で糖尿病や前立腺がんの新薬を投入する計画だが、新薬としていつ承認されるか分からない。ナイコメッド社を買収して新興国市場を強化したが、収益の3・4番バッターには、とてもとてもならない。ブロックバスター(大型新薬)に頼ってきた体質をどう変えていくのかの道のりは不明確だ。
だが、これだけは言える。巨額の研究開発費を使っている米ファイザーやメルクでも大型の新薬を出せずに苦しんでいる。がんの薬は「1000に3つ(の成功率)どころではない。100万に3つ」という。
武田薬品の業績は、片手間の経営では絶対に上向かない。
(文=編集部)