こうした組織風土もあり、幹部自衛官たちは中央省庁の課長級に相当する将補以上の階級に就いてもなお、「出世に執着しない」(空幕関係者)気風があるのだという。
一方で、自らは出世にこだわりがなくても、周囲がそれを許さないケースもある。
たとえば、2012年の折木良一陸将の統幕長退任以降、約6年も統幕長職から遠ざかっている陸自では、その就任が確実視されていた岡部俊哉陸幕長がPKO日報問題で勇退を余儀なくされたため、次のエースと呼ばれていた山崎陸将を急いで陸幕長に就任させ、統幕長登板への環境を整えてきたといわれている。
まさかの村川海幕長の統幕長就任なるか?
すんなりいけば、6月には山崎新統幕長の誕生で決着する可能性が高い統幕長人事だが、ここにきて消極的な事情から村川海幕長の統幕長就任を推す動きがあるという。陸幕勤務の1佐がその内幕を次のように解説する。
「陸自のなかには、『この国際情勢も国内政治も混沌とした時期に、陸自のエースである山崎陸幕長を統幕長にして傷をつけてはいけない。このまま陸幕長にとどまるべき』と主張する人もいます。そうした人たちが推すのが、村川海幕長の統幕長就任です。たとえ1年でも村川氏が統幕長に就いてくれれば、その間に混乱も収まり、陸自としては満を持して山崎陸幕長を統幕長に、新陸幕長を誕生させられます」
こうした動きに、従来、人事に無関心な海自の一部グループが乗っかろうとしているという。海幕勤務の1佐は言う。
「次期、海幕長候補の筆頭は、自衛艦隊司令官の山下万喜海将です。ただ山下海将は、“デキすぎる男”です。あまりの切れ者ぶりに、周囲がついていくのがやっと。そこで山下海将を勇退させるには、まず村川海幕長が統幕長就任し、海幕長の椅子には、継続性という理由から、現海幕副長の山村浩海将をはめ込むという考え方が浮上しています」
次期海幕長は山下万喜自衛艦隊司令官でほぼ決まり?
仮に村川海将の統幕長就任が実現すれば、先でも触れた業務の「継続性」と、組織の将来を見据えた「若返り」を理由に、山村現海幕副長を海幕長に据えてもおかしくはない。
しかし、村川海将が海幕長のまま6月の統幕長交代時期に勇退すると、次期海幕長は山下氏でほぼ決まりとなる情勢だ。前出・海幕勤務1佐が語る。
「山下海将はあまりに切れすぎるので、与野党問わず政党関係者をはじめとして、制服組の権限がこれ以上拡大することを恐れる人たちの間では、山下海将の海幕長就任は歓迎しない動きがあることは確かです」
機械を相手に仕事を行う海・空自と違い、ヒトを相手に仕事を行う政治巧者でケンカ上手な組織の陸自も、こうした海自と政界事情は先刻承知だ。
再び蒸し返された感もある「陸自PKO日報問題」もあり、そこに陸幕長に就いたばかりの山崎陸幕長を統幕長に送り、その次のエースと呼ばれる東部方面総監、住田和明陸将を陸幕長に据えることは陸自としては得策ではない。
慣例的には、3代に1人か2人、陸出身者を出す統幕長職だが、ここはあえて“1回休み”とし、海自出身の村川現海幕長を統幕長に据えるという選択が、陸自にとっては利が多いといえる。
初の「後方支援職種」出身の3自衛隊トップ就任なるか?
だが、その村川海幕長は、ロジスティクスを専門とする幹部自衛官だ。旧軍時代も含めて初めて後方支援職域から制服組トップになった人物としても知られる。前出・海幕勤務1佐は言う。
「村川海将はマネジメント力に長けた方です。強烈な個性を発揮するタイプではないので、今の時代の統幕長職には最適任です。ただ、後方支援職域出身の将官が3自衛隊のトップというのは、議論の残るところです」
一方、陸自の会計畑の2佐は、制服の色の違いを超えて、村川海幕長にこうエールを送る。
「これからの自衛隊は、ロジが仕切るでしょう。会計や調達というマネジメントができる者が作戦をわからないというのは暴論です。鉄砲を担いで走ったり、船や飛行機を動かす者だけが自衛官ではありません。村川海幕長が統幕長に就任することは、我々ロジを専門とする自衛官にとっては大歓迎です。発言権も大きくなると期待できます」
次期統幕長は、陸の山崎氏か、それともダークホースの海の村川氏か。人事をめぐる駆け引きは、それぞれの思惑を絡め、6月の統幕長交代まで続く。
(文=編集部)