石油製品の販売を手掛ける東証1部上場の富士興産を舞台に、熾烈な敵対的買収が繰り広げられている。
買収を仕掛けるのは新興のアクティビストファンド、アスリード・キャピタル。2020年から富士興産の株を買い増し、21年1月4日には13.61%まで買い進み、筆頭株主だった石油元売りトップのENEOSホールディングス(12.64%)を抜き筆頭株主に浮上。その後も市場で買い増しを進め、現在は15.27%を保有する。
そのアスリードが4月28日から突如として富士興産にTOB(株式公開買い付け)を開始した。TOB価格は1250円。当初設定されたTOB期間は4月28日から6月14日までの30営業日。TOBの下限はすでに保有している15.27%を含めて40%に設定し、上限は定めていない。下限を過半数とせずに40%としたのは、富士興産の株主総会における議決権行使比率などを勘案し、40%でも十分に経営支配権を握れる算段がつくと踏んだもよう。
アスリードは、TOB開始前には富士興産経営陣に対してMBOによる非公開化を提案していたとされるが、TOBについては富士興産に知らせることなく開始された。TOBの目的は、富士興産の非公開化(100%株式取得による上場廃止)だが、肝心の富士興産経営陣の賛同を得ていない。
富士興産は5月17日、TOBに対する意見表明を留保し、質問権を行使。アスリードは24日、対質問回答報告書を提出。同日、富士興産は買収防衛策を公表した。
5月28日には富士興産は、TOB期間終了日を当初の6月14日から6月24日に予定されている定時株主総会以降に延長するよう要請。同時に、TOBに反対意見を表明し、6月の定時総会で買収防衛策導入の承認と新株予約権の無償割当ての議案を上程し、株主意思確認を行うことを明らかにした。さらに富士興産は、剰余金の配当として、普通配当と特別配当合わせて1株当たり103円とすることをあわせて公表(前年実績は普通配当のみで1株当たり16円)した。
ところがアスリードは6月8日、TOB期間の延長を拒否すると公表。あくまで6月14日にTOBを終了させることを宣言した。それに対して富士興産は11日、アスリードによる期間延長拒否を受けて、7月末日を基準日として買収防衛策(新株予約権の無償割当て)を取締役会決議のみで発動した。これを受け、アスリードは14日、新株予約権無償割当ての差し止め仮処分を申し立て、TOB期間を7月9日まで延長することを発表した。新株予約権無償割当ての差し止めが認められなければ、TOBを撤回することも公表している。
資金源は任天堂創業家か
熾烈な敵対的買収を仕掛けるアスリードとは何者か。
19年11月に設立されたシンガポール籍のアクティビストファンド。20年8月ごろから、富士興産やキャリアデザインセンターなど時価総額が100億円程度の上場会社の株を物色していた。代表者は門田泰人氏。UBSやドイツ銀行など外資系投資銀行を経て、米系PEファンド、ローンスターに転じ、その後、アスリードを設立している。
アスリードは、一部では「エンゲージメントファンドの皮をかぶった狼」とも報じられ、「投資先候補の企業には横柄な態度でいきなり敵対的な要求を突き付けて」いくスタイルとも報じられている。アスリードをよく知る人物によると、「実態は村上ファンドの一つ」という。「UBS時代に村上世彰氏と知己を得て、アスリード設立後も投資判断など実質的に村上氏の指揮下にあり、“村上ファンドの別動隊”とされている」(ファンドに詳しい事情通)
その村上ファンドの別動隊ともいえるアスリードを資金面で裏から支えるのが、任天堂創業家の資産運用を生業とする「Yamauchi No.10 Family Office」(以下、山内FO)だ。山内FOは、任天堂の創業家で中興の祖といわれる山内溥氏の養子で、血縁的には孫にあたる山内万丈氏が2020年に設立。万丈氏は溥氏の没後、巨額の遺産を相続し、その資産規模は1000億円に上るともいわれている。この任天堂創業家が、長期資金としてアスリードに出資し、富士興産に敵対的買収を仕掛けているという構図だ。
ジャパンシステム買収では対抗TOBを目論むが失敗
富士興産への敵対的TOB以前に、山内FO・アスリード連合による「幻の第一号案件」といわれるものがある。20年12月、財務管理ソフトを手掛けるJASDAQ上場のジャパンシステムに対して、ロングリーチグループというPEファンドが取締役会の賛同を得て実施していた友好的TOBに割り込むかたちで、山内FOはジャパンシステムの当時の社長を抱き込むかたちで対抗TOB・MBOによる非公開化の意向を表明した。
このときの座組みは、山内FOが前面に出て対抗TOBを実施し、その戦略的パートナーとしてアスリードがTOBを支援するというものだが、関係者によると、この時も実質的にはアスリードが仕掛けていたという。アスリードは村上氏の意向により、この強引ともいえる対抗TOBの意向表明をせざるを得なかったという。
山内FOは、ロングリーチの行うTOBのほうが経営陣に敵対的だと繰り返し批判を展開するが、ジャパンシステムには過半数の株を保有する親会社DXCテクノロジーが存在し、その親会社はジャパンシステム取締役会が賛同するロングリーチによるTOBを支持。最終的に、ロングリーチグループによるTOBが成立し、非公開化を実現している。
山内FOは、宣言した対抗TOBを開始することなく空振りに終わる。対象会社の支持を得ていない段階で非公開化をぶち上げるという構図は、今回の富士興産の事例とも通じる。
両社の意見は真っ向から対立
富士興産の経営権をめぐる戦いは、6月24日に開催される富士興産の定時株主総会で山場を迎える。富士興産は6月24日の定時株主総会で事後的に、買収防衛策を株主意思確認の総会決議に諮る。買収防衛策導入と新株予約権無償割当ての両議案が承認されれば、取締役会で決定した買収防衛策発動は継続し、いずれか一つでも否決されれば、買収防衛策発動を中止するというもの。株主の意思で買収防衛策が認められるかどうかにより、現在アスリードから申し立てられている新株予約券無償割当ての差し止めの仮処分にも影響すると考えられるからだ。
両者の主張は、山場となる株主総会に向けて真っ向から対立している。まず富士興産側だ。意見表明報告書の中で次のようにアスリードを厳しく批判している。
・実態は非公開化ありきの非公開化のための非公開化
・変更報告書の不提出罪・虚偽記載罪に関し捜査が現実化するリスク
・このように金融商品取引法に違反していると疑われる者が当社の100%株主になってしまうと、当社の信用を失います
・アスリード・キャピタルの関心は当社の現預金
・キャッシュの使い道がなくなっている状況、大胆な株主還元を頂かないと困ると言い、24 億円を自己株式取得に充てた場合のシミュレーションを提示し自己株式取得を求めてきた
・アスリード・キャピタルが、多数派株主として自己の利益のみを目的として濫用的な会社運営をし、当社の企業価値を損ない、株主共同の利益を害するおそれがある
一方でアスリード側も、訂正公開買付届出書で富士興産経営陣をこう批判している。
・本有事買収防衛策は、(中略)明らかに経営陣の保身、経営陣による株主の恣意的な選別を目的としている
・コーポレートガバナンスを退行させる悪質なもの
・前中期経営計画が事実上未達であるにも関わらず、経営責任を自覚する様子が見られないことから、新中期計画への経営陣のコミットメントは疑わしく、新中期計画の実現には強力な経営の規律付けがなされなければ難しいと言わざるを得ない
富士興産の広報担当者は次のように語る。
「私たちはTOBには反対しています。大きな懸念を抱いているからです。彼らは私たちの中期経営計画に反対し、非上場化するよう主張していますが、具体的な経営についてはこちらに任せると言って方向性を示しません。これでは彼らが何をしたいのかよくわかりません。それで買収防衛策を発動したわけですが、現在差し止め請求を受けており、その成り行きを伺っています」
ここで富士興産の株主に承認されれば、アスリード・キャピタルはその第一号案件で、撤退を余儀なくされる可能性が高い。「株主に認められなかった敵対的買収者」として、その後の案件にも影響は必至だ。「別動隊」としての戦略的意義が損なわれることにもなりかねない。
他方、株主が買収防衛策を否決すれば、TOBの下限は既存保有分と合わせて40%と低く設定してあり、アスリードのTOBが成立する可能性が高い。非公開化まではできないとしても、議決権行使比率によっては取締役選任議案などを実質的に通すことができるようになり、実質的な支配権を握ることとなる。果たして24日の総会で株主たちはどう判断するのか、目が離せない。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)