第3は、「財政的リスク保護」(financial risk protection)との関係である。財政的リスク保護とは、公的医療保険が担う最も重要な役割の一つで、簡潔にいうならば、偶発的な重度の疾病に対する治療のために家計が破綻したり困窮したりすることを防ぐ機能である。医療保険改革を行う場合、家計の所得・資産や医療負担に関する分布などを把握した上で、財政的リスク保護が機能するか否か、しっかり見定めた上で改革を進める必要がある。
高所得層においては、高額療養費制度の自己負担限度額を見直す方法も考えられるが、年収1000万円の高所得家計でも、数百万円の自己負担を支払う事態に陥ったら、もはや「保険」の意味はなく、家計が破綻してしまうケースもあろう。このため、財政的リスク保護を考慮すると、自己負担にも限界が出てくる。
もっとも、高齢世代にも現役世代にも、生活に余裕がある家計と余裕がない家計があり、「負担できる者が負担する」という原則こそがあるべき姿であり、現在の年齢差別的な「窓口負担」を改め、応能負担別の「窓口負担」に変更することは極めて重要である。例えば、年齢によらず、一律に「窓口負担」を3割とし、マイナンバー制度などを利用しつつ、所得や資産に応じて、生活に余裕がない家計の負担を1割や2割とする方策なども考えられる。
「医療版マクロ経済スライド」という試み
では、膨張する医療費のコントロールをどうすればよいのか。以前から、筆者は、75歳以上の後期高齢者が加入する後期高齢者医療制度において、その診療報酬に自動調整メカニズムを導入することを提案している。医療費管理の自動調整メカニズムは、2004年の年金改革で導入された「マクロ経済スライド」を参考にした仕組みで、それを日本で最初に提案したのは、筆者であると思われる。いわゆる「医療版マクロ経済スライド」だ。
具体的には、75歳以上の診療報酬において、ある診療行為を行った場合に前年度Z点と定めているすべての診療報酬項目の点数を、今年度では「Z・(1-調整率)点」と改定する。自己負担は診療報酬に比例するため、診療報酬を抑制しても75歳以上の自己負担(窓口負担)が基本的に増加することはない。
では、調整率のイメージはどうか。前述の「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(平成30年4月6日)によると、40年間で医療・介護合計では約5%の上昇のため、1年間の上昇は平均で0.125%であり、その上昇を抑制する調整率は0.125%にすぎない。なお、中長期的にみて、医療機関等への経営に及ぼす影響にも注意する必要があることはいうまでもないが、その影響分については、公的医療保険の一部を民間医療保険でも代替できるようにして、民間医療保険のほうで稼ぐことができる環境整備で対応できるはずだ。
膨張する医療費の管理を診療報酬等の自動調整でなく、自己負担による対応を打ち出している理由は、日本医師会の反発を恐れてのことだと思われる。年齢差別的な「窓口負担」を改め、応能負担別の「窓口負担」に変更することは早急に行う必要があることはいうまでもないが、公的医療保険が担う最も重要な役割の一つは「財政的リスク保護」であり、改革コストのすべてを国民(患者)だけに押し付けることがあってはならない。「膨張する医療費管理の自動調整を何で行うか」といってもさまざまな方式があり、正攻法での改革も検討してみてはどうか。
(文=小黒一正/法政大学経済学部教授)