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2023.03.06 11:48
2018.07.07 16:05
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」
日本人だからこそロシアと因縁の国・フィンランドの合同コンサートで奇跡の光景を起こせた
さて、そんななかで迎えたリハーサル当日。僕は指揮棒を振り下ろしました。いつも通り、フィンランドの楽員は深い思いを込めて演奏を始めます。そして、ロシアの楽員も一緒になって心を寄せ合い、まるで2つのオーケストラが、これまでもずっとフィンランディアを演奏してきたかのごとく、感動的な時間でした。その後に行われた演奏会本番もとても素晴らしい演奏で、ロシアの観客もものすごい拍手です。あとで聴いた話ですが、フィンランドからやって来ていた観客のなかには、涙を流している人もいたそうです。
伝統と格式を重んじるロシアの“門番”
最後に、面白い話を紹介します。
フィンランディアを指揮する直前、僕はいつも通り、ステージマネージャーがステージドアを開けるのを待っていました。ステージマネージャーとは、“裏方のボス”です。彼の許可なく、勝手にステージに上がることはできません。彼は、ホールに観客がすべて入ったかとか、楽員たちに何か急なトラブルがないかとか、また意外によくあるのですが、曲の順番を間違えて、出番にもかかわらず部屋で悠々とコーヒーを飲んでいる楽員を呼びに行ったり、万全を見極めてからステージドアを開け、指揮者はステージに上がることができます。
さて、このロシアのホールは、伝統と格式がある歴史的建造物で、珍しいことに、重厚なカーテンがステージドアの役割を果たしていて、上から太い一本のロープがぶら下がっています。ロープを引っ張ると、骨董品のようなカーテンが上がる仕組みになっており、フィンランドから連れて来たステージマネージャーは、すべての確認を終え、そのロープを引っ張ろうとしました。
すると、ロシアの大男が急にやってきて止めたのです。その男は、まるでトルストイの小説に出てくるような、古めかしく、重そうなロシア皇室の門番のような恰好をしてずっとカーテンの横に突っ立っており、僕も「あの人は何の仕事をしているのだろう」と不思議に思っていました。そんな彼が初めて動き出し、重く、でも誰も拒否できないような厳かな声で、こう言ったのです。
「このカーテンは帝政ロシア時代からのもので、誰にもこのロープは触らせない」
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