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山田修「間違いだらけのビジネス戦略」

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様

文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント

 一作目での「ブルー・オーシャン事例」のその後の惨憺たる有様に、著者は新著で口をぬぐっている。新著で紹介されている事例としては、イラクの国立ユース管弦楽団やマレーシア政府の新刑務所政策など、非営利団体の事例の割合が多くなっている。あとになって、企業業績のその後を詮索されないという、経験則が働いたのだろう。

単なる有効市場域の拡大

 新著で著者は、ブルー・オーシャンで形成される新市場域をマイケル・ポーターの「生産性フロンティア」から大きく離れたものであると図示している。この説明は、「既存市場領域(従来の有効市場域)と離れてブルー・オーシャン市場域は発生するので、既存競争者はそこに到達するのに恐ろしく時間がかかる」と理解することができ、著者はその乖離を「ブルー・オーシャン・シフト」と呼んでいる(新著13ページ)。

 しかし、たとえば一作目で重要事例としてあげられた「イエローテイル・ワイン」が、その主張への大きな反証となっているのは皮肉なことだ。同ワインはオーストラリアのカセラワインズ社により今世紀初頭に北米で発売し、安価ワインのセグメントで大成功を収めていた。ところが、一作目が世に出た2005年には市場の景色はすでに一変していた。「イエローテイル」とはワラビーの尾のことなのだが、その成功を追って「カンガルー・ワイン」やら「コアラ・ワイン」などが続々と市場参入して、「イエローティル」の独走などといった状態ではなくなっていた。さらに南米の安価ワインの参入を経て、カセラワインズ社の利益は2008年には対前年比50%減、09年にはさらにそれから70%減、12年には赤字、13年には倒産危機と報じられた。「10年間無敵のブルー・オーシャン企業」として紹介された同社は、「業績つるべ落とし企業」だった。

 さて、有効市場域を図で考えると、著者の夢想するブルー・オーシャンセグメントはその外側のどこかに位置することになる。しかし、従来の市場域の外に新セグメントをプロットできたとしても、やがて時間の経過とともに競合者が参入してくることは、著者の掲げた企業事例を見渡しても明らかなことなのだ。そしてこれらの現象は、「イノベーター」、「リーダー」「フォロワー」という従来のマーケティング用語による概念で説明できることだ。

 新著ではブルー・オーシャン事例の一つとしてバイアグラの開発が挙げられている。しかし、バイアグラはED薬領域(当時では新事業領域)の形成を目指して経営戦略的に開発されたのではない。ファイザー社が血圧降下剤を開発しているときに偶然発見されたもので、戦略的な動きとはほど遠い話だった。

 また、ED薬の新領域でファイザー社がブルー・オーシャン的に独創できたかというと、数年を待たずして同様な薬がいくつも競合から開発、発売されている。薬の新領域は開発したが、そのなかは相も変わらずレッド・オーシャンの様相を呈しているではないか。

「自社でできることは他社でもできないことはない」というのが苦い真実である。そして、キャッチアップされる時間もずいぶん短いことを覚悟しなければならない。複数の競合者が参入してくるということは、その新しい市場域が既存の有効市場域に拡大隣接することで結局、有効市場域が拡大されるだけのことなのだ。そこではまたレッド・オーシャンの競争が繰り広げられる。私がブルー・オーシャン戦略のことを「青い鳥幻想を広げた最悪のセオリー」(拙著)と紹介した所以である。

 著者の扇動に乗ってブルー・オーシャン的なビジネス、つまり新規事業域を開拓する企業家たちに報酬がないわけではない。それは先行者利得であり、その領域(セグメント)が急成長するなら、その果実をライオンズ・シェアとして手にすることが可能だ。

 しかし、その一方で新事業や、ましてや事業域そのものを新しく開拓しようとすると、通常はとてつもない企業努力や僥倖によらなければ、果実を得るに至らないだろう。それらを貫徹するだけの経営資源と覚悟はその経営者にあるのか、ということになる。

 パナソニックは旧松下電器の時代、「マネシタ電器」と揶揄されていた。しかし、その経営者だった松下幸之助翁は「経営の神様」として今に崇められている。経営者がすがる神様は、幸之助翁、あるいはW・チャン・キムのどちらなのだろうか。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)

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山田修/経営コンサルタント、MBA経営代表取締役

山田修/経営コンサルタント、MBA経営代表取締役

経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。20年以上にわたり外資4社及び日系2社で社長を歴任。業態・規模にかかわらず、不調業績をすべて回復させ「企業再生経営者」と評される。実践的な経営戦略の立案指導が専門。「戦略カードとシナリオ・ライティング」で各自が戦略を創る「経営者ブートキャンプ第12期」が10月より開講。1949年生まれ。学習院大学修士。米国サンダーバードMBA、元同校准教授・日本同窓会長。法政大学博士課程(経営学)。国際経営戦略研究学会員。著書に 『本当に使える戦略の立て方 5つのステップ』、『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(共にぱる出版)、『あなたの会社は部長がつぶす!』(フォレスト出版)、『MBA社長の実践 社会人勉強心得帖』(プレジデント社)、『MBA社長の「ロジカル・マネジメント」-私の方法』(講談社)ほか多数。
有限会社MBA経営 公式サイト
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