今回開発されたココロ・ストレッチは、まだベータ版(サンプル)的な位置付けだが、エンジニア派遣会社のリツアンSTCと共同で現場導入を開始した。リツアンの野中久彰社長は、今回のプロジェクトに参画する意義を次のように語る。
「派遣というビジネスは、社員と日々顔を合わせることができないため、どうしても社員のメンタルの問題に気づくのが遅くなる傾向にあります。これは業界全体の課題でした。特に弊社の場合、全員を社員として雇用しているため、会社の責任として、社員のストレスチェックをしっかり行わなければなりません。ココロ・ストレッチによって社員が自主的にメンタルケアを行えるようになれば、社員の幸福につながり、回り回って会社の幸福につながります。下山先生と協力させていただき、ココロ・ストレッチの改善にも貢献したいです」(野中社長)
メンタルヘルスの不調で多大な経済損失
メンタルヘルス不調による我が国の経済的損失は、年間2.7兆円といわれる。その背景には、社会の構造的な問題もある。
先進35カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)では、メンタルヘルスの患者に対する医療を精神科病院から地域へと移行する、「脱施設化」の傾向にある。しかし日本では、脱施設化が遅れており、精神病床数はいまだにOECDでもっとも多く、OECD平均が10万人当たり68床であるのに対し、日本は実にその4倍の269床である(2011年前後のOECDデータ)。
また、平均在院日数も、先進諸国の平均在院日数は18日前後だが、日本では285日と極端に長い(2013年データ)。これでも改善されてきているのだが、依然として「精神疾患=長期入院」という構造があるのは間違いない。
さらに、先進諸国は国立・公立の病院が中心であるが、日本の精神科病院は8割以上が民間病院である。病院に税金が投入される欧州の場合、早期に退院し、地域で治療を行うことが推奨され、それが成功している。しかし、日本では民間病院が中心のため、医療がビジネスとなり長期入院の傾向が続いていると、OECDからも指摘されている。また、薬の多剤大量投与も問題視されている。
日本におけるこれらの問題の背景には、精神疾患のある者に対する社会の偏見もあると指摘したい。それを改善するには、社会全体が精神疾患に対する理解を深め、支援する体制をつくり上げることだ。
企業においても、メンタルヘルスの不調を訴えた社員に対し、人事のための管理を行うのではなく、自主的に改善できるように、積極的な支援を行う必要がある。それは社員の人生を預かる企業の責任であろう。
下山教授は、「社員がメンタルの不調を感じても、スティグマ(汚名の刻印)となることを恐れ、会社に申し出にくいという日本独特の企業文化を変えていくことも重要」と語る。今回の下山教授のココロ・ストレッチによる試みは、これまでの日本のメンタルケアの概念を一変させる重要な一歩となるに違いない。
(文=鈴木領一/ビジネス・コーチ、ビジネス・プロデューサー)
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東京大学大学院教育学研究科
特任助教 菅沼 慎一郎(すがぬま しんいちろう)
電話:03-5841-8068
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