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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

テスラ、経営危機に…マスクCEOの精神状態がリスク要因、再建のため交代は不可避

文=加谷珪一/経済評論家
テスラ、経営危機に…マスクCEOの精神状態がリスク要因、再建のため交代は不可避の画像1テスラCEOのイーロン・マスク氏(写真:AP/アフロ)

 米電気自動車大手テスラの経営問題がいよいよ深刻になっている。最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏はMBO(経営陣が参加する企業買収)によって非公開化する意向を示したものの、結局は撤回。同社からは資金流出が続くが、抜本的な対策は示されていない。このままでは安定的な経営ができない可能性が高く、CEOの交代など、思い切った措置を検討すべき時期が近づいている。

マスク氏は精神的に不安定になっている?

   同社に対して経営不安が囁かれ始めたのは、最新モデルの出荷が数度にわたって延期された2017年からである。最新の「モデル3」は2017年7月に量産を開始する予定だったが、スケジュールは遅れに遅れ、最終的には翌年6月までズレ込んでしまった。出荷が遅れた最大の理由は、ロボットをフル活用した最新の量産体制の構築がうまくいかなかったからである。

 マスク氏はよく知られているように、野心的な起業家で、とことんまで自身の理想を追求するタイプである。同氏はモデル3の量産に際して、究極的な自動生産ラインの構築を主張して譲らなかった。こうした彼のスタンスが量産の遅れを招いたわけだが、それでも市場の反応はポジティブだった。

 確かにマスク氏の経営スタンスは危うさと表裏一体だが、逆に言えば、これがテスラの魅力であり、イノベーションを継続するためには、アグレッシブな姿勢が必要との見方も多かったのである。一時下落していた株価も、量産開始のニュースによって息を吹き返し、市場はマスク氏が次の戦略をどのように打ち出すのか見守っていた。

 だが、この頃からマスク氏の言動には、少しずつ不安定さが目立つようになってきた。

 同氏は2018年5月に行われた会見で、アナリストに対する回答を拒否し、次の会見では謝罪に追い込まれるという失態を演じた。続いてマスク氏は8月、自身のツイッターに同社を非公開化する可能性があると突如、投稿。市場は大騒ぎとなった。

 マスク氏は非公開化について、「テスラを短期的な考え方から解放する」と説明しており、市場とは一旦距離を置く方針を示したかに見えた。

市場からは事実上のノー

   確かに、株式を非公開化すれば、短期的な株価の変動を気にすることなく経営に専念できるので、上場廃止はひとつの選択肢といってよい。だがテスラの時価総額は7兆円もあり、そう簡単にMBOを実施できる企業ではない。

 当初、マスク氏は資金のメドが立っていると発言しており、サウジアラビア政府のファンドが支援するという話も飛び出したが、結局、マスク氏はMBOの計画を撤回してしまった。

 その後、マスク氏は米紙とのインタビューで「過去1年は、最も苦痛な1年で耐え難いほどだった(一部略)」と苦しい心情について語ったり、夜なかなか眠れないことを告白するなど、精神的に追い詰められていることを思わせる発言を繰り返した。

 また、ネット配信番組に出演した際には、マリファナとみられる紙巻きタバコを勧められ、これを口にする場面が放映された。カリフォルニア州ではマリファナは合法だが、タイミングがタイミングだけに、上場企業の経営者として健全な精神状態なのか、疑問視する声が上がっている。

 マスク氏が天才的な起業家であることは誰もが認める事実だが、上場企業の経営には別の能力も求められる。しかもテスラは単なるベンチャー企業ではなく、今後の社会の趨勢を決めるほどの影響力を持った企業であり、世界中の投資家が多額の資金を投じている。

 実際にマスク氏がどのような状態なのかはともかく、CEOの責務について疑義が出る状況では、すでに半分、市場からノーを突きつけられているに等しい。

損失が続くがまだキャッシュはある

 ではテスラの経営状態は実際のところ、どの程度、危ないのだろうか。

 2017年12月期における同社の売上高は117億5800万ドル(約1兆2500億円)と前年比で68%も増えたが、赤字も拡大しており、営業損失は前期比で約2.5倍の16億3000万ドル、純損失は19億6000万ドルに達している。

 2018年1~3月期の純損失は7億955万ドルと四半期としては過去最大の赤字となり、続く4~6月期の純損失も7億1753万ドルと過去最大を更新した。損失が発生している分だけ、同社からはキャッシュが流出している状況だが、リース債権の現金化や取引先との条件変更などによって、なんとかキャッシュを捻出しており、6月時点ではまだ22億3600万ドルの現預金を保持している。

 同社が抱えているのは、あくまで経営体制の問題であって、販売が不振というわけではない。経営のスリム化を早急に進め、黒字化のメドを立てることができれば、市場からの信認を回復するのはそれほど難しいことではないだろう。だが、同社の経営立て直しにおける最大の障壁となっているのが、マスク氏本人というのは皮肉というよりほかない。

 これまでテスラはマスク氏の特異なキャラクターを成長の原動力としてきたが、今となってはマスク氏自身がテスラの経営を危機に陥れている。マスク氏はCEOから退き、大企業の経営に慣れたCEOを外部から招聘するというのが、教科書的な処方箋ということになるだろう。

プライドの高いマスク氏が受け入れるかどうかがカギ

 問題はプライドの高いマスク氏がこの決定を受け入れるかである。

 幸いなことにマスク氏が夢を託しているのはテスラだけではない。宇宙開発ベンチャーであるスペースXや、スマート交通システムなど複数のプロジェクトをマスク氏は抱えている。

 スペースXはすでに経営が軌道に乗りかけているし、今年6月に米シカゴ市から受注した高速地下交通システムは非常にポテンシャルの高い事業といってよい。

 これは、8~16人乗りのEVを30秒ごとに時速240キロで運行することで、シカゴ市内と空港を12分で結ぶという驚くべきプロジェクトである。各EVは自律的に制御され、地下の専用道路をお互いが衝突しないよう、一定車間を確保しながら走行する。もし順調に運行できれば、交通システムに対する価値観を根本的に変える可能性を秘めている。

 このプロジェクトはテスラの関係会社が受注したものだが、マスク氏の人的なつながりと会社との関係が不明瞭なままとなっている。一連のプロジェクトをシンプルな形で切り出して、マスク氏をリーダーに据え、テスラ本体との分離を行うというのが妥当な解決策と考えられる。

 最終的にこうした決断ができるのは、ガバナンス上、テスラの取締役会だけである。同社が上場企業として、しっかりとした企業統治を実現できるのか、取締役の存在意義が問われている。
(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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