その際にはウォンを円に換算するが、市場為替レートにより換算する方法と購買力平価で換算する方法の2つが考えられる。購買力平価は、貿易の対象にならない国内の物価(教育、医療、政府サービスなど)が反映される、投機や国家間の資本移動の影響を受けないといった長所がある。一方、輸出競争力を考える際には市場為替レートが重要である。よって以下では2つの換算方法を利用する。
ちなみに韓国は全国一律の最低賃金、日本は都道府県別の最低賃金である。韓国の最低賃金を2018年7月の平均市場為替レートで換算すると828.5円、購買力平価で換算すると954.7円である。購買力平価で求められる理論的な為替レートから見れば、市場為替レートは円が過大評価されていることから、このような差が生まれる。
まず市場為替レートで見てみよう。828.5円を上回る都道府県は13にすぎず、具体的には、東京、神奈川、大阪、愛知、埼玉、千葉、京都、兵庫、静岡、滋賀、広島、三重、北海道の各都道府県である。そして最低賃金が一番低い沖縄など8県は、韓国より7.9%低い水準である。次に購買力平価で換算した954.7円を上回るところは、東京都と神奈川県のみであり、最低賃金が一番低い県は20%以上低い水準である。
なお韓国は、文在寅大統領の公約達成は無理でも、2020年も10%を超える引上率は維持すると考えられる。日本も大きく景気が腰折れない限り3%は引き上げるだろう。そこで翌年について、韓国が10%、日本が3%それぞれ最低賃金を引き上げ、市場為替レートおよび購買力平価が変化しないという前提で試算する。市場為替レートで換算したケースでは、2020年には韓国の最低賃金を上回る都道府県は6にまで減り、沖縄県などの最低賃金は韓国より14.1%低い水準となる。また購買力平価で換算した場合は、すべての都道府県の最低賃金が韓国の最低賃金より低くなり、沖縄県などでは韓国の4分の3の水準となってしまう。
労働者にとって大きなマイナス
最低賃金が引き上げられれば、最低賃金に近い水準の時給で働いていた労働者にとっては嬉しいことであろう。しかし、これは短期的な効果にすぎず、ここまで急激に最低賃金を引き上げれば大きな副作用が出ることは間違いない。
輸出向けの製造業については、最低賃金が大幅に高まれば価格競争力が維持できないため、積極的に省力化投資を行うか、海外製造比率を高めることで韓国での雇用者数を減らすであろう。サービス業では最低賃金によるコストアップを価格に転嫁できるところもあるだろう。しかし、コンビニエンスストアなどでは価格転嫁が難しく、オーナーやその家族が働く時間を増やしパートタイムの従業員を雇わなくなる店も増えるだろう。
今後、韓国の最低賃金が日本の大半の地域、また換算レートによっては東京まで含めたすべての地域より高まることは間違いない。しかし無理な最低賃金の引き上げは雇用減少という副作用を伴い、これは労働者にとっては大きなマイナスとなる。最低賃金も雇用されることで受け取れるわけであり、雇用される機会が減ればせっかく上昇した最低賃金も絵に描いた餅となる。
1万ウォンという切りのいい数字は公約としてはインパクトが大きいものではあったが、実現するにはあまりにも高い目標であったといわざるをえない。
(文=高安雄一/大東文化大学教授)