2014年、欧州連合(EU)と日本が貿易自由化に向けた経済連携協定(EPA)と同時並行で締結交渉を行っている戦略的パートナーシップ協定(SPA)では、人権侵害や民主主義に反する事態が起きた場合は協定を停止できるとの「人権条項」を設けるようEUが主張したが、日本政府が猛反発して顰蹙をかった。日本における人権保護は国際的に信用がない。
安倍政権は、基本的人権と法の支配という点において基本的価値観を欧米諸国と共有していると主張している。しかし、当の欧米諸国の評価は、2014年に出された国連人権高等弁務官事務所からの勧告にある通りなのだが、政府に、その勧告に真摯に向き合う積極的な姿勢はうかがえないのが現状である。ご興味ある方は、報告書の「JAPAN」の中にある「Concluding Observation」を参照されたい。多少の問題はあるが消極的評価は概ね妥当であり、耳を傾けるに値するであろう。
そして、政府の改善が見られないので、日本弁護士会も2017年に国連人権高等弁務官事務所にたいして、「国際連合人権高等弁務官事務所が作成する 日本に関する人権状況要約書のための文書による情報提供」という資料を提出している。これが、欧米社会における日本における人権擁護の現状理解である。今回のゴーン氏逮捕後の日本の対応は、この信用のなさに拍車をかけかねない。
日本の信用失墜に手を貸すマスコミ
日本のマスコミは、ルノーがゴーン会長・CEOを解任しなかったことについて、推定無罪の観点から理解するのではなく、フランス政府の介入のせいにしている。「ゴーン氏は悪人」という国民受けの良いシナリオに固執しているのかもしれないが、日本の国際社会での信用失墜に手を貸している。
これを後押しするかのように、三菱自動車は26日の臨時取締役会でゴーン会長を解任した。その理由として、すでに日産の信認を失っていること、逮捕によって会長としての業務遂行が困難になったことを挙げている。しかし、最初の理由は推定有罪を前提にしている。2つ目の理由は、ルノーのように代行を置けばよい話であって解任の理由にはならず、これも推定有罪が前提である。
取締役会後に記者会見で益子修CEOは、「(解任しなければ三菱自を)レピュテーションリスク(評判を落とす恐れ)にさらすことになる」と述べた。これは明らかに日本市場を意識したものであろう。しかし、日本市場の販売台数(17年度)は全販売台数の1割程度であり(その半数は日本でしか売れない規制で保護された軽自動車)、欧州と北米の売り上げは30%を超えている。これにオーストラリアを加えると販売台数の4割近くに達する。推定無罪が前提の地域である。これでは、むしろ解任するほうが三菱自をレピュテーションリスクにさらすことになるのではないか。三菱自にとってどちらが重要な市場かは明白であるが、やはり日本社会の空気は怖いのであろう。そうであれば、わざわざレピュテーションリスクなどと英語を使わず「日本での評判にかかわる」と正直に説明すればよかったのではないか。
三菱自もやはり日産と同様に推定無罪を尊重しない解任決定をしたということが、国際社会での日本のレピュテーションリスクになるが、それをまったく理解していないように思える。日産と三菱自は、日本市場の販売台数が全販売台数の1割程度という明らかに海外市場に依存しているのだが、その両社の経営者が日本しか見ない行動を取るとは、まさにグローバル社会に反する日本社会の現れである。
次回は、なぜ日本社会で推定無罪が理解されないのか、その理由は何かを考えてみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授、フランス・トゥールーズ第一大学客員教授)