川村氏は後継者の選任にも手腕を発揮した。同氏の後、日立の経営は中西宏明現会長、東原敏昭現社長と引き継がれてきた。経営者が交代しても日立の株主資本利益率(ROE)は上昇し、海外売上比率も高まってきた。これまでのところ、日立は経営に適した人材を確保し、持続的な成長を実現してきたといえる。
原子力発電事業のリスク
社会インフラ企業としての経営基盤を強化するために、日立は社会・産業分野において原子力発電事業を重視した。12年に日立は、英国アングルシー島における原子力発電所の建設権を持つホライズン・ニュークリア・パワーを6.7億ポンド(当時の邦貨換算額で850億円程度)で買収した。
背景には、英国政府が原子力発電を重視してきたことがある。英国での原子力発電事業の総事業費は3兆円に上り、うち2兆円が英国政府から支援されたことなどを見ても、英国政府のコミットメントは強い。日立にとって、新興国に比べて政治動向などの安定が期待できた英国で原子力発電事業に取り組むことは、リスクを抑えつつ収益を獲得するために重要なことだったと考えられる。
問題は、東日本大震災以降、世界的に原子力発電への慎重な考えが増えてきたことだ。加えて、温室効果ガスの排出削減のために、太陽光など再生可能エネルギーを用いた発電も増えてきた。そのため、原子力発電事業を重視する日立の経営を慎重に考えざるを得ない市場参加者は徐々に増えてきた。
そこに追い打ちをかけたのが、ブレグジット=英国のEU離脱だ。現時点で、英国がEUとどのように離脱交渉を進めることができるかは、わからない。不確実性はかなり高い。そのなかで、日立の英原発事業がどのように進むかを決め打ちすることはできない。
これは、英原発事業の期待収益率をリスクが上回った状況と言い換えられる。日立と企業連合を組んできた米ゼネコンのベクテル社がプロジェクトへのコミットメントを弱めた本当の理由は、ブレグジットの先行きがわからないからだろう。昨年以降、日立の株価が軟調に推移してきた背景には、原子力発電事業のリスクに英国の政治リスクが加わり、同社の先行きを慎重に考える投資家が増えてきたことがある。