収益基盤の強化に取り組む日立
日立は英国での原子力発電事業のリスクを冷静に評価してきた。中西会長は、英国政府に対して現行のスキームでは事業継続が限界であることを伝え、追加の政府支援の可能性を探ってきた。その上、19年の年初に中西氏は、英国原発事業が「極めて厳しい状況にある」との見解も示した。
18年9月末の時点で、日立の英国原子力事業関連の資産価額は2960億円である。英国原発事業の中断、あるいは撤退によって収益の下振れは避けられないだろう。18年3月期、同社の純利益は4909億円、現金及び現金同等物は6979億円、流動資産は5兆1518億円、DEレシオ(有利子負債/自己資本)は0.23倍である。現時点で公表されている数値以上に負担が増えないのであれば、英原発事業からの損失に耐えるだけの収益力と財務健全性はあると考えられる。事態が悪化しないうちに撤退に向けたプロセスを進めることが重要だ。
加えて、日立はより安定した収益基盤の確保に向けて、大胆な戦略を進めた。それが、スイス重電大手ABBのパワーグリッド(送配電)事業の買収だ。取得金額は、約7000億円である。17年度のABBの送配電事業の売上高は1.1兆円程度に達する。送配電事業の収益の安定性に加え、世界的に送配電需要の高まりが見込まれていることも考えると、今回の買収は日立の経営にプラスの効果をもたらすだろう。
英国の原子力発電事業に関する経営陣の考えとパワーグリッド事業の取得を合わせて考えると、日立は客観的に経営のリスクを把握しながら、インフラ企業としての収益基盤の強化に取り組んでいると評価できる。その上で、再生可能エネルギーへの取り組みなどが進めば、同社の成長期待は高まるだろう。
経営者にとって重要なことは、組織全体が進むべき方向を示すことだ。特に、景気が安定しているうちに想定以上にリスクが顕在化した事業の見直しを進め、成長戦略を強化することが経営の持続性確保には欠かせない。日立の経営はこの考えに基づいている。それは、わが国の多くの企業にも参考になる部分が多いように思う。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)