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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック・オーケストラ、とても動きにくそうな「黒の燕尾服」を着て演奏する理由

文=篠崎靖男/指揮者

欧米ではタキシードも夜に着用

 本来、燕尾服は夜に着る礼服ですが、日本のオーケストラでは観客に礼を表すという意味で、昼のコンサートでも燕尾服を着ることもあります。しかし、昼のコンサートでは少しリラックスした感じを出そうと、ワンランク下の礼服であるタキシードを着ることも多く、僕ももちろんタキシードを持っています。

 ところが、僕が海外に出たころ、大きなミスをしました。フィンランドの指揮者コンクールで受賞し、当地のヘルシンキ・フィルに指揮を頼まれたときでした。ヘルシンキ・フィルは、作曲家シベリウスも指揮を振った世界的に有名なオーケストラです。所属したばかりの英国のマネージャーからは、「昼のコンサートなので、ビジネス・スーツで」と言われていました。しかし、ビジネス・スーツで指揮をする指揮者なんて日本では見たこともありませんでしたし、当時はペーペーの指揮者だったので、舞台で着られるような高級なスーツなんて持っていません。

 そこで、タキシードなら礼服でもあるし無難だと考えて、当日はタキシードで颯爽と指揮をしました。大満足でヘルシンキからロンドンの自宅に帰宅したら、当日、演奏会を聴きに来てくれていた英国女性の担当マネージャーからメールが入っていました。内容は、「素晴らしいコンサートだった。オーケストラも喜んでいる。ただ、ひとつ言わなくてはいけないことがあります」とありました。

 身構えて続きを読んでみると、「あの服はおかしいので、これからは気をつけるように」と書かれてありました。実は、タキシードも夜の服装で、それを昼に着るのは、欧米人にはおかしく映るのです。つまり、夏の花火大会に、お正月に着る紋付袴で出かけるようなものとわかり、赤面したのでした。その後は、海外では昼はビジネス・スーツで指揮をしています。しかし、本音を言うと、燕尾服と違ってなんだか自分のエンジンのかかりが弱い気がしています。

 女性は昼でもドレスでよいそうで、昼はミディアム、夜はロングが通常ですが、色は比較的自由だそうです。ちなみに、オーケストラの女性楽員は、昼は白いブラウスと黒いロングスカート、夜は黒いロングドレスがよくあるパターンで、とてもシンプルです。

 それに引き換え男性楽員は、燕尾服上下、シャツ、ベスト、白蝶ネクタイ、ポケットチーフ、サスペンダー、カフスボタン、エナメル靴と着こまなくてはなりません。特に、夏の暑い夜の野外コンサートでの重ね着は、暑いどころの話ではありません。汗をだらだらかきながら、薄手の黒ドレス1枚を着ているだけの、涼しげな女性団員を眺めることになります。
(文=篠崎靖男/指揮者)

【3月7日追記】
福井県警は3月7日、県道路交通法施行細則を改正し、衣服の規定を削除すると発表しました。4月4日に施行されるとのことです。今後は“仕事着”での運転が違反とされることはなくなりそうです。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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