企業収益の回復が著しい。8月9日に発表のピークを迎えた2013年4~6月期連結決算でも、自動車や電機など円安の恩恵を受けた輸出型企業の復調が目立った。一方、海外売上比率がまだ4%強であるにもかかわらず、「過去最高」を記録した企業がある。それは今年7月7日に創業51周年を迎えたセコムだ。
同社は、売上高で15%増の1906億円、営業利益も19%増の277億円と増収増益を達成。そして、純利益は前年同期比25%増の190億円と、4~6月期としては過去最高を記録した。
細かく見ていくと、まず主力のセキュリティ事業で高機能な警備サービスの売上高が前年同期比で10倍に伸びた。企業向けだけでなく家庭向けの情報データを預かる機能が付いた警備も伸長。医療サービス事業は38%の増収。情報通信事業は12年10月に買収した東京電力傘下のデータセンター会社の寄与で2.8倍に伸びた。
4~6月期の純利益は通期予想(前期比4%増の661億円)の3割弱に達しており、7~9月期の業績が順調に進めば、通期業績を上方修正する可能性もある。同社は、高機能なサービスを海外に展開する戦略で、海外売上高比率を10%にする計画を進めているが、15年末までに7.5%を実現する考えだ。その一環として、同社は今年7月にオーストリア国防省から国防施設16カ所のセキュリティ対策を受注した。
セコムが注目されているのは、好調な自動車各社も及ばない利益率の高さである。ちなみに、絶好調とマスコミからもてはやされているトヨタ自動車の売上高営業利益率(4~6月期)が10.6%であるのに対して、セコムは14.5%もある。
では、現在のセコムとはどういう会社なのか。ほとんどの人は「警備会社でしょ」と答えるだろう。だが、実態はそれほどシンプルではない。同社は日本初の警備会社として誕生し、今や、同業界ダントツ首位の座を占める。しかし他にも、警備保障会社からセキュリティをコア事業に据え、防災、メディカル(医療)、保険、地理情報サービス、情報通信(ICT)、不動産など社会が求めている事業を相次いで起こし「社会システム産業」という新しい業態を築いているのだ。セキュリティ【註1】、防災【註2】、地理情報サービス【註3】などの事業は、国内のみならず海外19カ国で展開している。
この業容拡大を創業者(現・最高顧問)の飯田亮氏は「多角化」とは呼んでいない。「意思は違うが一緒になってやっているので“国連の多国籍軍”のようなものだ」と表現する。その後、M&Aを含めて断行した「非連続的イノベーション(discontinuous innovation)」こそ、セコムの真骨頂といえよう。非連続に拡大しているうちに「よくわからない会社」になった。
グループ企業は“自律”のステージへ
同社は「多国籍軍」の連携をより強化しようとしている。10年11月から「ALL SECOM」をスタートした。それまでは、セキュリティ事業をコア事業とし、そこに、防災、医療、保険、地理情報、情報通信、不動産、などの各事業がぶら下がっていた。それが図1の図右である。それに対し、“ALL SECOM”は同図左のように、各事業がコア事業であるセキュリティとの関係性を重視しながらも、ベターな結果を生む可能性が高ければ、「伝統的ビジネスシステム」に縛られることなく自由闊達に隣接事業と手を組んでも良いという概念である。戦略的意思決定は、セコムの経営陣とグループ企業のトップが集まるグループ経営会議で行われている。グループ企業は自立を遂げ自律する段階を迎え、さらにセコムグループ全体への貢献度がより重視されるステージに入った。
例えば、保険と医療が自由に手を組むことができるなど、グループ内の経営資源を無駄なくより俊敏に活用できるようにした。イノベーションは、経営資源の結合により生まれると論じたシュンペーターではないが、大所高所から見ていれば見逃がしがちな、相性の良い小さな経営資源を組み合わせることにより生まれるものもある。グループ企業社長や従業員だからこそ気づく「現場の実践知」が、セコムの経営に柔軟性を与えることだろう。さらに、これらが結合することにより、全社的なイノベーションが創造される。
一言で「…屋」とはいえない、一見、何で儲けているのかわからない。これこそ、セコムの競争力といっても過言ではない。「なんでもやるのではなく、なんでもできる。あまり有形のものには手を出さないが、なんだって包含してしまう。だから『セコム』という訳のわからない社名にした」(飯田氏)という。飯田氏自身、「セキュリティ屋と言うわけにはいかない。現場の人に今進めている仕事の話を聞いて『いいね』と言って喜んでいるが、私にもわからないことはいっぱいある」と話しているほどだ。
艶っぽい企業、色っぽい企業を目指す
今も社員を前にして飯田氏は、セコムの目指す形について常々こう話している。
「下駄屋、味噌屋になっちゃだめだ」
「艶っぽい企業、色っぽい企業にならなくては」
決して、下駄屋、味噌屋を見下しているわけではない。飯田自身、江戸時代から続く老舗(酒問屋・岡永)に生まれ、父から商人道を叩き込まれた。老舗の存在に敬意を払っている。今も江戸商人の血が騒ぐ。この言葉の心は、競争の手の内を見えないものにするか、見えても一朝一夕には真似られない複雑な儲かる仕組みを構築しなくてはならない、ということだ。飯田氏の言葉を借りれば、「艶っぽい」会社にするのが理想である。
電機メーカーにとどまらず、日本の高度経済成長を支えてきた「儲かる仕組み」が音を立てて崩れつつある。熾烈なグローバル競争の中、日本企業もその単なる参加者の一人になった今こそ、よくわからない、簡単には真似られない「儲かる仕組み」が求められている。そのケースとしてセコムは大いに学びのある企業だ。
「艶っぽく」「色っぽく」あるためには、営利を追求する競争力だけでは十分ではない。社会になくてはならない仕事を実践していく「経営の精神」がなければ、「艶っぽく」「色っぽく」ないと飯田氏は考える。「行動力のある立派な経営者はたくさんいらっしゃるが、なんとなく艶っぽくない。我々はカサカサしたくない」と言う。
「カサカサ」にならないように、セコムは「保湿剤」を備えている。それは経営理念だ。今でこそ、経営理念が経営において重要視されるようになってきたが、セコムは1992年7月7日の創業30周年を機に、飯田氏自ら筆をとり「セコムの事業と運営の憲法」を書いている。これはセコムの社員に脈々と受け継がれている。現場があっての会社である。経営理念は社員の血肉になっていなくてはならない。
「各スタッフ、実働部隊に思いが伝わっていなかったら、良いセキュリティなどできない。セコムには伝道してくれる人が少なくとも100人いたからこそ、セキュリティのクオリティが保たれた。このようなことは他の組織ではできない」(飯田氏)のである。
飯田氏は、創業した当時から世襲はしないと決めていた。「世襲が一概にダメだとは言っていない。世襲で立派な経営をしておられる会社はたくさんある」と考えているが、セコムはまったく新しいビジネスなので世襲には向かない、と判断したのだった。
飯田氏は言う。
「セコム、そして従業員はどうあるべきか、といった経営理念は伝えられてもビジネスデザインは伝えられない。これが頭の痛いところだ」
飯田氏が言うビジネスデザインとは、ビジネスの仕組みをつくることである。なぜ、真似られないのだろうか。それは「芸」「アート」に近い資質が求められるからだ。名人の教えを受けた弟子が必ずしも名人であるとは限らない。それと同じだ。
49年後の創立100周年に向けてセコムが「普通の大企業」に落ちぶれないためにも、社会に役立つ企業として、どのようなビジネスデザインを描けるかが、重要なカギとなる。セコムの描く未来像は、何を食いぶちにしていくか、誰のための会社か、何のために企業として存続するのか、どのような事業を行うべきか、という難問を突きつけられている現在の日本企業にとってヒントになることだろう。なお、より深く勉強されたい方は、拙著『セコム その経営の真髄 「艶っぽい会社」の経営哲学と戦略に迫る』(ダイヤモンド社/長田貴仁)をお読みいただきたい。
(文=長田貴仁/経営学者・ジャーナリスト)
【註1】1978年に台湾を皮切りに積極的に海外進出し、セキュリティの契約件数は約59万4000件。
【註2】グループ企業で防災業界トップの能美防災(株)が、中国、台湾、インド、アラブ首長国連邦で同事業を展開している。同社グループ企業のニッタン(株)もイギリス、スウェーデン、中国、台湾に展開している。
【註3】(株)パスコがフィンランド、ベルギー、ブラジル、インドネシア、タイ、フィリピン、中国、アメリカで地理情報サービスを提供。