ビールの味、事前知識提示の有無で評価に大きな差…確証バイアスとテイストテスティング
このことから何がわかるでしょう。経験が知識に惑わされないのであれば、バルサミコ酢が入っているという知識は試飲の前に得ようが、あとに得ようが、ビールの選好には同じ影響をもたらします。したがって、ここでは、知識が経験(テイスティング)自体を変えたと解釈すべきです。
事前条件の場合は、飲んだときに感じた普段と少し違う味や曖昧性の理由を、ビールに本来入れるべきでない添加物(バルサミコ酢)のせいだと思い、試飲自体がネガティブな経験に仕立て上げられたのでしょう。
他方、事後条件の場合には、曖昧性はこのビールの特徴であって、必ずしも(飲んだあと初めて存在を知った)添加物のせいではないと考え、試飲経験は中立のままなのです。
消費者の経験に影響を与える副次的な要素
ここから得られるマーケティングの示唆は、ビジネスでは、消費者の経験に影響を与える副次的な要素を理解することが重要であるということです。
高級レストランであれば、味だけでなく、豪華な内装や雰囲気、ウェイターのマナー、美しい食器、さまざまな形状のワイングラス、これらすべてが食事経験に重要な役割を果たします。メニューの表記も、単に「エビの冷製サラダ」などとするのではなく、「オマール海老のカルパッチョ、マンダリンと根セロリのカリソン仕立て、黒トリュフとトピナンブールの軽やかなソース」といったものにするべきです。
コンサートであれば、ホールの環境・内装も非常に重要です。製品ではブランド名が期待を高めます。同じようにつくられたバッグでも、COACH、Louis Vuitton、キタムラとブランド名がつくことによって、所有体験が高揚します。つまり消費者の期待を上げることが、経験全体の質を上げることにつながるのです。
ここで一つ問題が出てきます。一般的に顧客満足度は、購買後の知覚パフォーマンス(価値)と購買前の期待との差で規定されます。つまり得られた価値が期待を超えれば超えるほど、顧客満足度は高まるのです。しかし、ここでみたように、期待を上げれば消費経験自体の価値も上がるので、顧客満足を上げるために期待と知覚の差を大きくすることは、なかなか難しいということです。
(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)