「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
2020年春からのコロナ禍で、居酒屋などの外食産業が大打撃を受けたのはご存じのとおり。基本的にアルコール類を提供せず、夜の営業は短い「カフェ・喫茶店」も厳しかった。
各メディアでは、外食業の「倒産件数」や「売上減」など数値面での報道が多いが、日々営業する店はどんな思いだったのだろう。今回は地方の老舗店の実情を紹介したい。
取材に応じてくれたのは、「菊地珈琲」(本社:北海道札幌市)だ。創業は1986年で、今年で創業36年。コーヒー豆の自家焙煎を行い、喫茶業も営む個人系チェーン店だ。地域に根差す店として、地元メディアを中心に何度も紹介されてきた。
同社はコロナ禍とどのように向き合い、現在、どう運営しているのだろうか。
コーヒー豆の卸、小売り、喫茶店が3本柱
「お客さまの戻りをはっきり感じるようになったのは、つい最近、5月頃ですね。それまでテレワークが中心だったビジネスパーソンが、通勤に戻ってきた印象です。当社の直営部門は、営業時間が早い店は『7~18時』と日中型の店なので、そう感じるのでしょう」
菊地珈琲の菊地博樹社長は、こう話す。ちなみに、同社の業態は次のとおりだ。
(1)コーヒー豆の挽き売り=4店舗(すべて直営)
(2)喫茶店=5店舗(同)
(3)全国の喫茶店・業務店向けにコーヒー(焼豆・生豆)の卸売り
つまり、「コーヒー焙煎業」として卸と小売りを行い、コーヒーを中心に軽食を提供する「喫茶業」も営む。焙煎業としては、創業者の菊地良三会長(博樹氏の父)が開発した、一度焙煎したコーヒー豆を冷まし、再び焙煎する「ダブル焙煎」で知られる。喫茶業としては、各種のコーヒーのほか、「厚焼きトースト」などパンメニューが人気だ。
売り上げ割合は(1)+(2)=約5割、(3)=約5割だという。
企業取材では、自社の事業を「屋外テントを支える柱」に例えて説明する経営者もいる。その視点でいえば、3本の柱で支え、一定のリスクヘッジ(危険回避)もしていたのだ。
「さっぽろ雪まつり」の訪日客が激減
「最初に新型コロナウイルスが社会問題となった2020年1~2月は、豪華客船ダイヤモンドプリンセス号のニュースが毎日流れる時期でした。こちらでは恒例の『第71回さっぽろ雪まつり』でインバウンド(訪日外国人)のお客さまが例年の半分ぐらいに減少――といったニュースを、先行き不安に思いながら聞いていました」(菊地社長)
やがてマスクや消毒アルコールを求めて、札幌市内のドラッグストアにも開店前から来店客の行列ができた。ご記憶のように、まだコロナへの知見も少なく、日本国内がもっともナーバスになった時期だった。菊地珈琲はどうしていたのか。
「自治体からの要請がない限り、『来店客が減少しても、なるべく時短・休業はしない』と経営陣で決めました。直営店で働くスタッフ、特にパートやアルバイトの給与が減少するのをできるだけ避けたい、という思いでした」(同)
一方で「感染リスクの危険を冒して通勤し、店頭に立っている」と話す従業員もいたという。この時期の出勤・休業の対応は難しく、他社への取材ではこんな声を聞いた。
「当社では、これまで行わなかった融資制度を利用し、生活の心配のないパートには、休業補償を出して勤務を休んでいただきました。現在は通常シフトに戻りましたが、当時は営業時間と人員のバランスに苦労しました」(関東地方のカフェチェーン経営者)
「緊急事態宣言」では全体で約6割減に
前述した3本の柱がある菊地珈琲は、「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」の実施によって業況が左右されてきたという。
「緊急事態宣言発令中はもっとも厳しかったですね。自宅でコーヒーを淹れる方も増え、(1)のコーヒー豆挽き売りは20%ほど伸びましたが、(2)の喫茶店と(3)のコーヒー豆の卸は半分以下に落ち込み、全体では売り上げが前年比約6割減となった月もありました」(菊地社長)
コロナ以前からネット通販もしており、家飲み分の消費増により前年比約2割増となった。だが、ネット通販を経由する卸部門の売上減があり、「全体としては少し増えた程度」だという。同社の豆を用いる喫茶店・業務店も、来店客が減れば発注量を抑える。3本柱とはいえ、連動性がある業務なのだ。
それでも「店」は一定のにぎわいがあった
菊地珈琲本店は、札幌市営地下鉄・西18丁目駅から徒歩5~6分の場所にある。クルマで訪れる人も多く、店舗近くに8台分の駐車場も備える。本店をはじめ直営の各喫茶店で人気なのはコーヒー、そしてパンメニューだ。
モーニングセットはないが、コーヒーもパンメニューも低価格に設定されており、たとえば本店でブレンドコーヒー(360円)+厚焼きトースト(300円)を頼めば660円。少し高級な店のコーヒー1杯の価格で、軽食も楽しめる。コーヒーはハンドドリップで淹れ、厚焼きトーストには、ゆで卵とバナナがセットでつく。朝は中高年男性客に人気だ。
「パンの原料は北海道産小麦100%です。原材料高騰もあり、今年6月1日から厚焼きトーストを280円から300円、ブレンドコーヒーを320円から360円に改定させていただきましたが、変わらずご支持いただいています」(同)
実はコロナ禍でも、客足が極端に落ち込んだわけではないという。
「常連客には支えていただきました。喫茶部門のお客さまは、長年来ていただけるご年配の方が多く、緊急事態宣言中でも毎日来られる方で、店は一定のにぎわいがありました」(同)
「コーヒーインストラクター認定講座」の配信は好評
「お客を待つ」姿勢ではなく、「積極的に動ける部分は動いた」という。
「たとえば、在宅時間増に伴い、zoomで『有資格者によるコーヒーインストラクター認定講座』(講習費5500円)をオンライン配信。コロナ前は対面で行っていた講座ですが、オンラインでも受講者が増えて好評でした。今でも毎月開催し、6月26日分は完売しています」
同認定講座は、業界関係者を中心にした団体「日本コーヒー文化学会」(会長・井谷善惠氏=東京藝術大学特任教授)が行うものだ。「全日本コーヒー商工組合連合会」(J.C.Q.A)のインストラクター資格を持つ講師陣が、各地で開催する。日本コーヒー文化学会理事も務める菊地氏は、J.C.Q.A.コーヒー鑑定士の資格を持つ。講座を受講した人は、J.C.Q.A.コーヒーインストラクター3級が授与されるという。
このオンライン講座を、中小企業基盤整備機構(中小機構)持続化補助金<コロナ特別対応型>に応募したところ、採択されて補助金(約150万円)も出た。これ以外に持続化給付金、家賃支援給付金なども申請し、給付を受けた。
「それぞれありがたかったですが、売上減少分や維持経費に充当するには全然足りず、運転資金確保のために、別途、融資も受けました」(同)
2021年3月期はなんとか黒字を確保(5期連続黒字)したが、2022年3月期は350万円の赤字を計上。新規出店した年以外は黒字だった同社にとって、無念の決算となった。
札幌市民の娯楽は「室内文化」が中心
かつて、札幌在住の人気エッセイストで飲食店取材歴40年余、『さっぽろ喫茶店グラフィティー』など著書も多い和田由美氏(亜璃西社=ありすしゃ社長)に、こんな話を聞いた。
「札幌は1869年に開拓使が置かれて以来、150年超です。京都のような長い歴史はなく、東京のように江戸時代から続く老舗店もありません。そして冬が長く、半年近くは寒い日が続く。そんな気候条件の中で発展して、札幌市には200万人近い人口がいます」
そう話しながら和田氏は、「札幌市民の娯楽は室内文化が中心」と指摘した。
「スキーなど屋外で楽しむ娯楽もありますが、室内向けの娯楽を中心に成り立ってきました。本や映画などがそうで、飲食もそうですね。お寿司やジンギスカン料理、そして喫茶店も、基本は部屋の中で楽しむ文化です」
室内文化が中心の札幌で、菊地珈琲として産声を上げたのが昭和の末期。大手のコーヒー会社で喫茶学校の講師を務めた菊地会長が起業。息子の菊地社長も父の後を追った。
「地域に根差す」の前に「つぶれない会社」
当地に腰を下ろして36年。我々メディアは、つい「地域に根差す」という言葉を使いたくなるが、菊地社長は冷静に自社の現状を見つめている。
「『地域に根差す』の前に『つぶれない会社や店』でありたいです。カフェがつぶれる原因はたくさんあります。来店客が少ない、売り上げが落ち込む、従業員が足りない、コロナのせい、などなど……。でも自戒を込めて言うと、これらは全部社長のせいだと思います。今年度の業績は黒字転換する予定ですが、直近の決算で赤字となったのは猛省しています」
ブラジルの霜害でコーヒー価格が急騰
現在、コーヒー業界がもっとも懸念するのは「ブラジルの霜害」だという。日本とは地球の反対側に位置する、世界最大のコーヒー生産国・ブラジルで2021年7月20日(冬の時期)に発生した霜害で大きな生産減となり、コーヒー相場が高騰している。
「厳しいご時世ですから、仕入れ価格が上がった分をすべてお客さまに価格転嫁するわけにはいかず、価格改定に苦慮しています」と語る菊地氏。それでも前向きで「先代のこだわりや技術を受け継ぎ、自家焙煎店として進化したい」と話す。
札幌市は、総務省の「家計調査」では「1世帯当たりのコーヒー購入量」が多い都市でもある。その土地で親子2代のコーヒー鑑定士として店を運営してきた。同市西区の住宅街には店舗を兼ねた焙煎工場があり、半熱風式30キロの大釜でコーヒーを焙煎する。
決して派手さはない同社だが、軸足を踏み外さない事例としてご参考いただきたい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)