「うまい、安い、早い」の三拍子で知られる牛丼チェーンといえば、主な顧客層は男性というイメージが強いが、最近では女性客も増加してきているという。「LINEリサーチ」が全国の15歳から64歳の男女を対象に行った「一番好きな牛丼チェーン店やそのチェーン店を好きな理由」というリサーチで、20~40代で1位に「すき家」をあげた割合は、男性よりも女性が上回っていたというデータもある。外食業界関係者はいう。
「先日、都内のすき家の店舗に入ったところ、客の半数が若い女性で、一人客や女子高生2人組の姿もみえ、すき家で女性客が増えているというのは本当だったんだと実感しました。また、カウンター内のレジ係の店員も10代後半か20代前半くらいの女性でした」
そこで今回はフードアナリストの重盛高雄氏に、牛丼チェーン業界で女性客の獲得にも成功した「すき家」の経営戦略について聞いた。
牛丼チェーン業界で圧倒的No.1の座を獲得したすき家
牛丼チェーン業界といえば、長らくすき家、吉野家、松屋の大手3社による覇権争いが続いているが、勢力図は現状どうなっているのか。
「まず店舗数(今年5月時点)は、すき家が1943店舗、吉野家が1206店舗、松屋が999店舗と、すき家が圧倒しています。次に2022年度の売上高を比較してみましょう。すき家を運営しているゼンショーHDは、すき家となか卯の合計の売上高が2621億8400万円。吉野家HDは吉野家単体の売上高が1137億6700万円。松屋HDはグループ全体の売上高が1065億9800万円。各グループが公表している売上高の基準にバラつきがあるので単純比較はできませんが、やはり売上高でもすき家が飛び抜けているのは間違いないでしょう」(重盛氏)
そんなすき家だが、今、女性客が増えているというのは本当なのだろうか。
「そうですね、確かにすき家の女性客は増加している印象があります。ただ、近年になって急増したというわけではなく、すき家の長年の取り組みが結実しているということでしょう。また、すき家は決して、牛丼チェーン業界におけるメインの顧客層である男性客を切り捨てているというわけではなく、これまでどおり男性客の胃袋は掴みつつも、新たに女性客の獲得に成功しているのです」(同)
牛丼屋のイメージ打破したチャレンジ精神で女性客を掴む
女性客増加の理由はなんなのか。
「理由はいくつかありますが、総じていえることは牛丼チェーンが持っていた『男性がメインに食べる場所』というイメージを崩す戦略を、すき家は率先してやってきたというところでしょう。1899年創業の吉野家と1966年創業の松屋に比べて、すき家の創業は1982年と比較的新しく、それゆえに『チャレンジ精神の追求』が生き残りにおいて重要な戦略になっていたという下地があります。
すき家のそうしたチャレンジ精神からくる戦略のひとつに、最初にミニサイズの牛丼を売り出したというものがあり、個人的にこれが女性層を狙い始めた最初の一手だったように思えます。都心部の駅前を中心に展開していた吉野家とは異なり、もともと郊外のロードサイド店舗を中心に店舗展開していたすき家は、想定される来店客も車で訪れるファミリー層をメインにしていたので、夫や食べ盛りの子どもたちと一緒に来店した主婦でも楽しめるように、ミニ牛丼を用意したのでしょう。
2000年ごろから世間では健康志向が強まってきていますが、それに合わせてこのミニ牛丼とサラダをセットで注文する女性客が多くなっていった印象もありますね。また、すき家はご飯を豆腐に変えた『牛丼ライト』というシリーズも展開しており、牛丼とは相反するイメージもある健康志向を先行して積極的に取り入れていったのも、客層拡大に一役買っていたと思います」(同)
すき家は現在、テレビCMのキャラクターに女性人気の高い女優・石原さとみを起用しているが、こちらもそういった戦略の一環なのだろう。牛丼の固定イメージを崩してしまいそうな大胆な戦略は、一見するとリスキーにも思えるが、「牛丼店に行ってみたいけど男性客ばかりでハードルが高い」と二の足を踏んでいた女性層獲得という面で見ると、うまく機能したということか。
「キムチ牛丼やおろしポン酢牛丼など、変化球のトッピングを牛丼に取り入れていったのもすき家でした。そのほかにも、牛丼以外のメニューを積極的に展開していったのも印象的ですよね。カレーや海鮮丼といった牛丼以外のメニューを用意したことで、女性客の精神的な敷居を下げられたのもひとつの要因です。
また、店舗のデザインもカラフルかつポップで、吉野家などと比べて店内が明るいですよね。これは来店の敷居を下げるという要素において、かなり大きなポイントになっていると思います。そして俯瞰して見ると、こうした予算のかかるイメージ戦略を打てたのは、母体となるゼンショーHDの資金力が豊富だったことも大きな要素です」(同)
女性従業員も増加中? すき家の「絶対王者」の座は安泰か
すき家では客だけでなく従業員にも女性が増えつつあるといわれる。
「正確なデータがないのであくまでも印象の話になってしまいますが、牛丼チェーン従業員の大半を占めるアルバイトの目線で見たときに、すき家は選ばれやすく、相対的に女性従業員の比率も多くなっている、ということはいえるかもしれません。というのも、吉野家は男性客がメインだったりと、職場環境的に少々女性が選びづらい部分があります。松屋に関しては、メニューに焼き物系の定食が多く、調理に手間がかかる部分がネックとなっている印象。対するすき家は全店舗が禁煙で、客層もフラット。加えて調理もメニューは豊富ですが、基本的には丼メニューが中心なのでオペレーションがシンプルなのです」(同)
では、牛丼チェーン各社は今後どんな経営戦略を打ち出してくるのか。
「すき家はやはり、これまで築き上げてきた『男性以外にもリーチできるフラットな客層の牛丼チェーン』というのが最大のストロングポイントなので、今後もその路線をメインに据えた戦略を打ってくるでしょうね。また、すき家は母体となるゼンショーHDがファミレスや回転寿司などさまざまなチェーンを運営しているので、そこから入ってくる市場動向を正確に掴めているのも他のチェーンと一線を画す部分です。
対する吉野家ですが、すき家がチャレンジングな方向で伸びてきたことで、逆に『硬派なメニュー作りと男性客をメインに据える』という、古風な方向性しか取れなくなってきているところが苦しいですね。松屋はどちらでもない位置にいますが、どうしてもやることが中途半端な印象になってしまうのが悩みどころではないでしょうか」(同)
奇をてらうだけでなく、しっかりと時流を捉えたチャレンジングな姿勢が、すき家の真の強みといえるだろう。
(文=A4studio、協力=重盛高雄/フードアナリスト)