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夜間に登山、穴掘り競争…「社員を極限まで追い込む」研修の意外な費用対効果

文=Business Journal編集部、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント
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「gettyimages」より

 富士山の麓にある施設で何日間にもわたり、スマートフォンも没収され早朝から夜まで大声を出したり罵倒されたり、深夜に山道を行軍したりといった研修が続く――。そんな「地獄の特訓」と呼ばれる社員研修をテレビで目にしたことがあるかもしれないが、「昭和の会社」を思い起こさせるような社員を極限まで追い込む研修を行っている企業は、今でも少なからず存在する。今のビジネス環境を踏まえると、果たしてそうした自己改革セミナー的なスパルタ研修は効果があるのだろうか。また、導入する企業の目的とは何なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

「地獄の特訓」系の社員研修として有名なのが、管理者養成学校が静岡県富士宮市の施設で提供するものだ。「管理者養成基礎コース」や「特設社長コース」「フレッシュマン颯爽研修」などがあり、朝5時30分から夜まで、ひたすら精神と肉体を鍛える訓練を続けるというもので、多くの企業が研修として社員を派遣している。こうした外部の研修会社のサービスを利用する以外にも、企業が自社で行うものもあり、形態はさまざまだ。

 人材研究所シニアコンサルタントの安藤健氏はいう。

「いわゆる『厳しすぎる研修』は新入社員や新任管理職を対象に行われるケースが多いです。内容は昼夜を問わず登山や行軍をしたり、チームに分かれて穴を掘って深さを競ったり、できる限り大声でプレゼンをしたり、一人を複数人で囲ってダメなところを指摘するといった内容です。合格するまで延々とやり直しをさせられたり、受講生を厳しく詰めたり叱責したりします。教官には防衛関係出身者方なども多いのが特徴です。」

 企業がこのような研修を行う目的は何か。

「導入企業には小売り企業や外食企業などが多い印象で、なかには数百人単位で新入社員を採用する大企業もあります。目的はメンタル強化や仲間意識の醸成、死に物狂いで業務をやりきる覚悟を身につけるなど、人間が極限状態に追い込まれると体得するものです。ある日本の研究では、厳しい研修を行うと『タブラ・ラサ効果』といって、その人がそれまで持っていた常識や価値観を捨て去り、まっさらな状態で新たな規範を獲得しやすい効果が生じることが認められています。そのほかにも、同僚との連帯感や上司への信頼感、自己肯定感、自己向力感(=自信)、会社への愛着心が高まるともされています。

 新入社員や新任管理職向け研修で利用されることからもわかるように、いわゆるイニシエーション=通過儀礼として行われるケースが多く、受講者が『この研修に合格すれば、もう以前の自分ではなくなる』と感じられる効果が期待できます。人は苦しい経験を乗り越えると、そのことに意味を見出そうとする認知的不協和という心理効果が働きますが、『こんな大変な研修を乗り越えられたのだから、自分はこの会社が本当に好きなんだな』『なんてこの会社は良い会社なんだ』と思うようになります。まさにそれが企業側が研修を行う目的でしょう」(安藤氏)

費用対効果

 気になるのは費用対効果だ。例えば管理者養成学校の「管理者養成基礎コース」で行われる内容をみてみると、

・40の質問
・行動力基本動作
・共感論争・行動力論争
・40キロ夜間行進訓練
・管理者の条件訓練
・歌唱訓練
・素読訓練
・道順訓練
・礼儀訓練
・報告書訓練
・私の抱負

となっており、プログラミングなどのITスキルやマーケティング、財務、法務など実務で使える専門的なスキルとはいいがたい。その費用は12泊13日で36万5200円と安くはなく、企業が自前で行う場合もそれなりのコスト負担が発生する。

「接客販売職などでは日常業務のなかでお客様から時に理不尽なクレームを浴びせられることもあり、そうした事態に対処できるメンタルを鍛えるという目的で導入している企業もあるようです。ビジネスの現場では、チームで協力して原因を分析し課題を解決したり、詰めの甘い部分を冷静に指摘し合ったり、クリティカルシンキングを行うことが求められるので、こうした研修に一定の効果は認められます。一方、研修が原因で心身を病んだ社員やその家族から損害賠償を求められたり、夜間の登山でもしもの事故が起きたりするリスクもあり、企業が金銭的に被る潜在的コストは高額となります。以上を勘案すると、『もちろん一定の効果は期待できるものの、費用対効果は必ずしも高いとはいえない』といえるのではないでしょうか。そのため、現在では減少傾向にあるという印象です」(安藤氏)

 住宅メーカー営業職の男性はいう。

「かつてはウチの業界では朝7時30分に出社して、飛び込み営業で家を一軒一軒訪問したり電話をかけたりし、夜11~12時近くまで働いて休日も出勤するというスタイルだった。今では長時間残業の禁止やコンプライアンス意識の高まりで、企業もそういうかたちで社員を酷使することが許されなくなり、また、営業もかつてのような『足と根性で稼ぐ』というスタイルが通用しなくなり、より高度な知識と営業スキル・手法が求められるようになった。ウチの業界ですらそうなのだから、昔ながらの『地獄の特訓』的な教育はもう通用しないと感じる」

 証券会社営業職の男性はいう。

「大手だと一定の割合ですぐに辞める社員が出ることを想定して採用している。合わない人は自発的に辞めてもらっても会社としてはそれほど不都合はないので、厳しい研修にお金を使う必要はない。シビアという意味では外資系金融機関のほうがシビアだが、会社側が能力が低いと判断すればすぐに解雇するので、メンタルを鍛えるための研修は必要ないだろう。世間のイメージどおり今でも証券の営業はタフなメンタルがないと続かないが、研修はあくまで研修。結局のところ、その人の資質としてメンタルが強い人ではないと続かないので、ウチの業界に限っていえば、こうした研修はあまり意味がないのでは」

(文=Business Journal編集部、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント)

安藤健/人材研究所・シニアコンサルタント

安藤健/人材研究所・シニアコンサルタント

青山学院大学教育人間科学部心理学科卒業。2016年に人事・採用支援などを手掛ける「人材研究所」(東京・港)へ入社。2018年から現職。国内大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務や人事向けセミナーなどを手掛ける。毎月1回、組織・人事に関わる人のためのオンラインコミュニティー『人事心理塾』を企画・運営。著書に『人材マネジメント用語図鑑』(ソシム)、『誰でも履修履歴と学び方から強みが見つかる あたらしい「自己分析」の教科書』(日本実業出版社)。
安藤 健 | 株式会社人材研究所

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