イオンが従業員の笑顔をバージョンアップさせるために、AI端末「スマイルくん」を導入し話題になったが、海外でも注目を浴びているようだ。AIが人間を教育する、という流れに「まるでディストピアだ」と注目を浴びている。この傾向は広まっていくのだろうか。イオンリテールは7月1日、全国に展開している総合スーパー「イオン」「イオンスタイル」の約240店舗で従業員の笑顔と挨拶を評価・トレーニングするAI「スマイルくん」を導入したと発表。スマイルくんはソフトウェア会社のInstaVRが提供する笑顔・発声トレーニングAI端末で、笑顔・発声をリアルタイムにAI分析してスコアリングし、即座にフィードバックしてくれる。イオンは先行して8店舗で実証実験を行い、笑顔と挨拶の実施率が3カ月で1.6倍に向上したことから、他店舗でも導入することを決定したという。
従業員がスマイルくんに向かって挨拶すると、スマイルくんは目元や口元などの450以上の「笑顔ポイント」を分析し、100段階で評価。同時に、声量・滑舌・調子(音程)に関しても視覚的にフィードバックしてくれる。さらに、笑顔・発声の評価に応じて経験値を得ることができ、その経験値に基づきレベルアップして難易度やバリエーションが変化する。これにより従業員はゲーム感覚で毎日スマイルくんを利用し、少しずつ笑顔や発声を改善していくことができるという。
イオンリテール広報部に導入の経緯について話を聞いた。
――AIで従業員の笑顔をトレーニングしようという試みは、どのようにして始まったのでしょうか。
「従業員ごとにお客様への笑顔応対に違いがあるという課題がありました。特にコロナ禍以降、マスクを着用するなか笑顔で接客するトレーニングの機会が取れなかったという事情もあります。そのようななかで、InstaVRさんの開発したスマイルくんは、AIによって自然な笑顔が出せるようになるということで、8店舗で試験導入したところ、効果が得られたため、他店舗へも導入することになりました」
そもそも、なぜInstaVR社のAIを導入することになったのだろうか。
「InstaVRさんと、2年前から従業員研修でお世話になるなかで、弊社の課題などについてAIで解決できないかと模索してきました。弊社の課題などを共有し、従業員の笑顔での接客レベルを向上させるためのAI端末を一緒いつくりあげてきました」
――では、スマイルくんはInstaVR社とイオンの共同開発ということになるのでしょうか。
「いえ、InstaVRさんが開発するうえで、弊社の課題に沿うように要望を出させていただき、現在の形になったということです」
――従業員の笑顔での接客レベルが向上したとのことですが、今後、スマイルくんの評価した採点が人事評価につながることはあるのでしょうか。
「あくまでも笑顔レベルを機械がデータ化、可視化するためであって、これが人事評価に影響することはありません」
――では、他のグループ企業にも展開していくことは考えていらっしゃいますか。
「今のところ未定です」
海外では拒否反応が浮上
従業員が自然な笑顔で接客できるように教育することは、接客業でも重要な課題のひとつである。それをAIが担うことができるようになるのであれば、大きな転機となり得る。労働力として、あるいはコスト削減のためとして、AIを導入するケースは多いが、従業員教育にAIが導入されるケースはまだ少ないからだ。さまざまなケースを想定して、人事の専門家による講義を行ったり、マニュアルを策定することで対応してきたことが、今後はAIでのトレーニングに置き換わる可能性もある。
だが、AIが人間を教育するという流れに対し、海外を中心に「まるでディストピアだ」といった拒否反応も出ている。AIが人間を管理、監督、指導することに漠然とした不安感を持つ人も多いのかもしれない。
また、海外メディアでは、笑顔を強要する接客そのものを「職場でのハラスメント、特にカスタマーハラスメントを増加させる可能性がある」と指摘するものや、「笑顔はコミュニケーションによって自然に生まれるものであるべき」として、AIによって画一的な笑顔をつくるように指導されることに疑念を示す声もある。
だが、日本ではそもそも“笑顔での柔和な態度”が接客の基本とする考えが根強く、コロナ禍でさえ、マスクを着用した状態での接客に批判する声は絶えなかった。特にイオンでは、新型コロナウイルス感染拡大直前の2019年に、従業員に対して接客時のマスク着用を原則禁止する旨の通達を出したことが大きな話題になった。
それは裏を返せば、従業員の接客態度や笑顔に対して、厳しく注文をつける客が多いことの証左なのではないだろうか。
従業員の笑顔レベルを向上させることで、お客が気持ちよく買い物をできるようになるのであれば、それもひとつのマニュアルのようなものといえるだろう。AIを活用して従業員の接客レベルの底上げを図ることは、海外の人には奇異に映るのかもしれないが、日本的接客においては今後、必須になってくるのかもしれない。
(文=Business Journal編集部)