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医学部で多額の税金かけ育成→研修直後に大量の医師が美容外科クリニック就職

文=Business Journal編集部、協力=上昌広/医師、医療ガバナンス研究所理事長
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「gettyimages」より

 初期研修終了後に専攻医を経ずに直接、美容外科クリニックに就職する医師が急増していることが問題視されている。医学部で医師を育成するためには多額の税金が投入されていることもあり、この動きを規制すべきとの声もあるが、有効な策といえるのか。また、背景には何があるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 従来、医師は医師国家試験の合格後2年間は研修医として初期臨床研修、その後3~5年間は後期研修医として専門研修プログラムに登録していたが、2018年の新専門医制度の開始に伴い、後期研修医が専攻医に呼称が変更。専攻医として働いた後に専門医資格を取得するという流れが一般的だ。

 医師国家試験を受験するには6年間、医学部で学ぶ必要があるが、私立大学の医学部の学納金は高い。大学によって大きく異なるが、6年間トータルの学納金は平均3000万円とされ、もっとも高いとされる川崎医科大学は約4700万円、低いことで有名な順天堂大学医学部でも約2080万円。一方、国立大学は文科省の省令で学部にかかわらず年間53万5800円と定められているが、学納金の金額抑制には国からの助成金などが大きく寄与しており、私立大学も国から助成金を受け取っている。

 医学部の学納金が高い理由は、医師の育成には多額の費用がかかるためだ。たとえば2015年に日本医師会が発表した「声明『国家戦略特区による医学部新設』に反対します」には、

<医学部 6 年間で医師の養成に必要な経費は一人当たり約1億円に上ります。これらの財源が国民の負担(税)である>

との記述がある。もっとも、「6年間で1億円」という説には異論もあり、正確な金額は不明だ。

高額な大手美容外科クリニックの医師の給与

 そして近年、専攻医を経ずに初期研修終了後に直接、美容外科クリニックに就職する医師が急増しているという。背景として、専攻医の過酷な労働環境を指摘する声もある。公立病院の勤務医はについてこう話す。

「実際に自分の患者を持つので、初期臨床研修のときより責任はぐっと重くなるが、現場では事実上の研修医といっていい位置づけ。早朝・深夜・土日におよぶ長時間労働に加えて、専門領域の勉強や学会の準備などもあり、非常につらい時期だが、先輩の医師たちは誰もが通ってきた道なので『つらくて当たり前』という認識しか持たれない。また、医師の世界は現場で必要となるさまざまなスキルを各専門領域の先輩・上司から教わらなければならず、いまだに徒弟制度的な風潮が根強いので、学会の準備などを指示されれば断ることはできない」(23年8月19日付当サイト記事より)

 専攻医の過労死も相次いでいる。22年5月に神戸市東灘区の甲南医療センターで専攻医、高島晨伍さん(26)が過労自殺。高島さんは死亡前1カ月の残業時間が207時間におよび、亡くなるまでの3カ月間は休日がなく、精神障害を発症したことが自殺の原因として労働基準監督署のよって労災が認定されているが、病院側は「病院として過重な労働をさせた認識はまったくない」「出勤している時間すべてが労働時間ではなく、自己研さんや休憩も含まれる」として過重労働の指示を否定している。

 このほか、労災認定されている事案だけでも、15年には東京都内の総合病院で30代(当時)の研修医が、16年には新潟市民病院で37歳の研修医が過労自殺している。

 公立病院に勤務する医師はいう。

「専攻医は早朝から深夜におよぶ勤務に加えて当直勤務や休日出勤もあり、サービス残業が常識化しているので給料は安い。専門医資格を取得した後も、勤務医だと年収は大企業の会社員より低いケースはザラで、当直を含む長時間労働は続くし、大学医学部を中心とするヒエラルキーの世界に縛られる面もある。そうした現状を知る若い医師が、『だったら専門医資格なんて取得せずに、専攻医をすっとばしてすぐに美容外科クリニックで働いて腕を磨きながら高給をもらったほうがよい』と考えるのは、ある意味で当然だろう」

 大手美容外科クリニックの医師の給与は高い。求人サイトなどによれば、たとえば湘南美容クリニックの提示年収は2200万円で、研修医1年目の応募も可能、未経験可となっている。東京中央美容外科(TCB)は医師採用専用サイト上で年収3000万円~と提示している。

合理化の必要性

 現在、全国的に医師不足は深刻であり、美容外科クリニックに多くの若手医師が流出すると、長期的には医療現場のさらなる逼迫につながる可能性がある。そのため、医師の育成に多額の税金が投入されている以上、なんらかの規制が必要との指摘もあるが、医師で特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏はいう。

「若手医師が内科や外科を避け、美容整形を志すことに対して、規範論を振りかざして批判しても問題は解決しない。彼らが美容整形を目指すのは、収入が多く、内科や外科などの病院勤務医より激務ではないからだ。この問題の背景には、我が国が抱える難しい問題がある。それは高齢化、財政難だ。国民皆保険は世界に誇る社会インフラだ。我が国の国民皆保険は、中負担高給付でやってきた。ただ、高齢化が進む我が国で、従来通りの仕組みを維持することは不可能だ。政府は医療費を抑制し、さらに医師数も増やさなかった。我が国の医師数が先進国最低ランクであることは広く知られているが、医学部定員数も同様だ。今後、事態が改善する見通しはない。

 医療費抑制、医師不足の皺寄せを現場が被っている。医師不足はいうまでもない。収入も世間が思うほど、よくはない。医師のアルバイトの給料は、私が医学部を卒業した30年前と変わらないし、『最近は歯科医のように値崩れしている』という医師アルバイト紹介業経営者もいる」

 では、何か有効な対策はあるのか。

「『合理化』することだ。超高齢化が進む我が国で、手術や抗癌剤などを用いた高度医療の需要は減少する。つまり、多くの大学病院や基幹病院は、今後、余ることになる。若手医師が、このような医療機関での勤務を避け、美容整形に進むのは当然だ。需要が減退する分野では、合併による再編が不可欠だ。ところが、このような議論は皆無だ。医療現場は厚労省の統制下にあり、民間主導で動くことは難しい。ところが、厚労省は怠慢を続けている。

 若手医師が内科や外科を避け、美容整形に進むのは、経済的に合理的な対応だ。美容整形が多くの医師を抱えられるのは、自由診療で、価格を自由に決定できるからだ。サービスレベルを向上すれば、価格に転嫁することができる。医師の報酬も高くなる。公定価格が抑制されつづけている保険診療とは対照的だ。美容整形は激しい競争の世界だ。参入障壁に守られた保険診療とは異なる。この領域に進む若手医師が怠惰というわけではない。現状を無視した議論を続けるかぎり、日本の医療の崩壊は止まらない」(上氏)

(文=Business Journal編集部、協力=上昌広/医師、医療ガバナンス研究所理事長)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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