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なぜサムスンやTSMCは日本の「地味な技術」に巨額投資するのか…「前工程の限界」が生んだ日韓逆転現象

2026.09.16 05:55 2026.09.16 00:09 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント

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●この記事のポイント
サムスン電子が2026年9月、横浜にAI半導体の後工程研究拠点「APL」を開所。TSMCも茨城県つくば市・熊本県に拠点を構える。前工程の微細化が限界を迎える中、味の素のABFフィルムやディスコ、東京エレクトロンなど日本の素材・装置技術が地政学リスクの高まりとともに世界的に再評価されている背景を解説する。

 韓国・サムスン電子は9月8日、横浜市西区のみなとみらい21地区に先端半導体パッケージング技術の研究拠点「Advanced Package Lab(APL)」を全面開所した。延べ床面積約6600平方メートルの施設にはチップ試作用のクリーンルームを備え、韓国人・日本人あわせて約95人の研究者が常駐する。総投資額は今後5年間で400億円規模にのぼり、日本政府(経済産業省)もそのうち225億円規模を補助する。住友ベークライトやレゾナック、三菱ガス化学など、50社を超える日本企業との協業が前提とされている。

 この動きは、台湾TSMCが2022年に台湾域外で初めてクリーンルーム付き研究拠点「3DIC研究開発センター」を茨城県つくば市に開設し、熊本県菊陽町では2024年稼働の第1工場に続き、6ナノ世代の量産開始を2027年10〜12月に見込む第2工場の建設を進めていることと軌を一にする。

「日本の半導体産業は敗れ、覇権は韓国・台湾に奪われた」と語られて久しい。しかし今、AI半導体時代の到来とともに、世界トップを走る海外メーカーがこぞって日本にラブコールを送っている。なぜ彼らは日本を指名するのか。その背景には、半導体業界を揺るがす二つの構造変化——「前工程の技術的限界」と「地政学的なサプライチェーンの再編」——が存在する。

●目次

「前工程の限界」とムーアの法則の終焉

 半導体の性能向上は長らく、回路線幅を微細化する「前工程」が主役を担ってきた。集積度を指数関数的に高めるムーアの法則のもと、2ナノ、さらにその先を目指す最先端ノードの開発競争が続いているが、この土俵で戦えるのはTSMC、サムスン、インテルなどごく一部の企業に絞られつつある。最先端の露光装置(EUV)は1台数百億円規模とされ、装置投資の高騰と歩留まり低下により、微細化だけに頼った性能向上は経済合理性・物理法則の両面で限界に近づいているというのが業界の共通認識になりつつある。

 この壁を打ち破る技術として脚光を浴びているのが、性質の異なる複数のチップを一つのパッケージ上に立体的に組み合わせる「3Dパッケージング」「チップレット」と呼ばれる後工程技術だ。演算用のGPUと高帯域幅メモリ(HBM)を積層・接続してひとつのモジュールに仕立てるTSMCの先端パッケージング技術「CoWoS」は、NVIDIAのAI向けGPUの供給を支える基盤技術として知られる。生成AIブームの裏側で、後工程の重要性は急速に高まっているのだ。異なるメーカーが作ったチップレットを組み合わせる標準規格「UCIe」の策定が業界横断で進んでいることも、性能向上の主戦場が前工程の微細化一辺倒から、後工程での「組み合わせの巧拙」へと広がっていることを象徴している。

 国際的な業界団体SEMIは、AI需要を背景に世界の半導体製造装置市場が2027年に過去最高の1560億ドルに達すると予測する。日本半導体製造装置協会(SEAJ)によれば、日本製装置の国内メーカーによる販売額見通しも2026年度に5兆5004億円(前年度比12%増)と初めて5兆円を突破し、2027年度も5兆6104億円とさらに伸びる見込みだ。AIデータセンター向け先端ロジックへの投資拡大と、HBMを中心としたDRAM投資の増加が背景にある。SEAJ会長を務める東京エレクトロンの河合利樹社長は、先端品の比率が高まるなかで「日本製装置の世界シェアが伸びる可能性は高い」との見方を示している。

海外巨頭が日本を指名する「2つの戦略的理由」

 サムスンやTSMCがこぞって日本に拠点を置く理由は、大きく二つに整理できる。

 第一は、日本の素材・装置メーカーが握る技術的な不可欠性だ。後工程の歩留まりを左右するのは、微細な反りや歪みを抑える封止樹脂、絶縁フィルム、精密な切断・研磨・接合装置である。味の素の半導体パッケージ用絶縁材料「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」は、複数の調査・報道で世界シェア95%超と評価される独占的地位にあり、レゾナックも銅張積層板や感光性絶縁材料、ダイボンディングフィルム、CMPスラリーなど複数の材料分野で世界首位級の出荷実績を持つ。装置分野でも、ディスコはウェハを切り分けるダイシングソーで約8割、薄く削るグラインダで約7割の世界シェアを握るとされ、東京エレクトロンはレジスト塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)でおよそ9割のシェアを持つとみられる。自国のラボに閉じこもるより、素材・装置の現場である日本でエンジニア同士が膝を突き合わせて共同開発するほうが、開発スピードは圧倒的に速いというのが実務上の判断だろう。

「後工程の勝負を最終的に決めるのは、ミクロン単位の精度で素材をコントロールできるかどうかです。その勘所を握っているのが日本の中堅・中小の材料・装置メーカーであり、サムスンやTSMCにとって日本は避けて通れない開発拠点になっているのです」(元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏)

 第二の理由は、地政学リスクの高まりである。台湾海峡を巡る緊張や米中間の輸出管理を巡る摩擦が続くなかで、最先端技術の研究開発やサプライチェーンを特定の地域だけに依存することは、企業経営上の重大なリスクとなっている。日本は政治的に安定し、知的財産権が保護され、素材から装置までのサプライチェーンが国内である程度完結できる「信頼できるエコシステム」として世界的に再評価されつつある。経済安全保障推進法のもとで半導体が「特定重要物資」に指定され、安定供給の確保が国家戦略の柱に据えられていることも、この流れを制度面から支えている。経済産業省はラピダスへの累計支援を2025年度までに2兆円台後半まで積み増したほか、TSMCの熊本進出やサムスンの横浜拠点にも巨額の補助金を投じており、こうした産業政策も海外企業の日本回帰を後押ししている。なお、ラピダスは最先端ロジック半導体の国産量産という「前工程」の復権を狙う別のプロジェクトであり、サムスン・TSMCによる後工程投資とあわせて捉えれば、日本は前工程・後工程の双方で存在感の回復を試みていることになる。

「日韓連合」の裏にある実利主義とパワーシフト

 外交面では歴史認識問題などを巡って日韓関係が揺れ動く局面も少なくないが、AI半導体を巡る開発競争の速度は、そうした政治的な摩擦を上回る実利的判断を企業に迫っている。サムスンにとって、AI向けHBMやロジック半導体の後工程技術で先行できるかどうかは、NVIDIAをはじめとする大口顧客との取引を左右する死活問題であり、日本の技術基盤に依存せざるを得ないというのが実情だ。

 この構図は、かつての日韓半導体産業の力関係を静かに変えつつある。1990年代以降、大規模な製造ラインを構えるサムスンなど韓国勢が主役となり、日本の部材メーカーはその下請け的な立ち位置に甘んじているとの見方が根強かった。しかし現在は、日本の素材・装置が手に入らなければ、サムスンもTSMCも最先端のAI半導体を量産できない状況にある。

「かつては韓国の巨大工場が主導権を握っていたが、後工程というボトルネックが顕在化したことで、素材や装置を握る日本企業の交渉力は着実に強まっている」(同)

日本ビジネス界への提言と今後の課題

 もっとも、海外勢による投資ラッシュを手放しで喜べるわけではない。かつて液晶パネルやDRAMの分野で、日本発の技術やノウハウが海外企業に吸収されたのちに競争力を失った経緯を踏まえれば、今回も「技術を提供するだけの下請け」に終わるリスクは残る。半導体産業のアナリストとして知られる湯之上隆氏はこれまでも、海外大手の日本進出が相次ぐ局面において、真の課題は工場や研究拠点の誘致そのものよりも、それを支える技術者の確保・育成にあると繰り返し指摘してきた。日本企業が目指すべきは、自前で巨大な製造ラインを抱えずとも、グローバルなサプライチェーンにおいて代替の効かない「チョークポイント」を継続的に押さえ続ける、プラットフォーム型の経営戦略だろう。

 もう一つの課題が人材である。外資系企業の日本拠点は国内企業を上回る待遇を提示するケースが増えており、優秀なエンジニアの争奪戦は今後さらに激しくなるとみられる。実際、電子部品・半導体業界の年収ランキングでは東京エレクトロンなど装置大手が上位に名を連ねる一方、中堅の材料・部材メーカーの処遇は必ずしも高くなく、外資系研究拠点への人材流出が懸念されている。日本企業がどのように処遇制度を見直し、専門人材を育成・確保していくかが、日本が単なる「素材供給国」にとどまらず、次世代半導体エコシステムの中核であり続けられるかどうかを左右するだろう。

 サムスンの横浜APL開所とTSMCの筑波・熊本での取り組みは、日本の半導体産業が「敗者復活」を遂げたことを意味するものではない。むしろ、微細化という一本道が終わりを迎えるなかで、日本が長年培ってきた素材・装置技術の価値が、AI時代のサプライチェーン構造の変化によって改めて可視化されたと捉えるべきだろう。海外勢による投資を一過性のブームで終わらせず、日本発の「チョークポイント技術」をどう磨き続け、それを担う人材をどう育てるか。それこそが、今後の日本の半導体戦略における最大の論点になる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)

【主な参照データ・出典】
Samsung Opens AI Chip Packaging Lab in Yokohama With Japanese State Aid – Seoul Economic Daily
Samsung Electronics to open chip packaging facility in Japan – DCD
TSMCジャパン3DIC研究開発センターについて – TSMC公式
TSMC、熊本にJASM第2工場の建設を発表 – ジェトロ
世界半導体製造装置の2025年末市場予測発表 – SEMI
ディスコ企業分析|ダイシング世界シェア80%

BusinessJournal編集部

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公開:2026.09.16 05:55