貿易DXの壁となる属人化をどう解消するか 「Trade Hub」が支える業務標準化

日本企業でDX推進が加速する一方、貿易実務の現場では、社内外とのやり取りが今もExcel、メール、PDFを中心に行われている。相手国や商材、取引条件ごとに必要な書類や手順が変わるため、個別判断が増え、業務は担当者の経験に依存しやすい。こうした状況が、業務手順の統一やデータ活用を阻む壁となっている。
貿易業務のDXを支援する双日テックイノベーションは、貿易現場でDXが進まない理由を探るため、2026年5月に実務担当者・管理者2060人を対象にインターネット調査を実施し、その結果を「貿易業務白書2026」として公開。調査からは、現場が業務改善を望む一方で、社内の合意形成や推進体制が十分に整わず、DXの取り組みが前に進みにくい実態が見えてきた。
本記事では、同社事業開発部副部長の木村悦治氏に、「貿易業務白書2026」から浮かび上がった貿易現場の課題や、属人化・ブラックボックス化が生まれる背景を聞いた。あわせて、貿易DXサービス「Trade Hub」によって、業務の可視化や標準化をどのように進められるのかを探る。
国境をまたぐ実務が招く、貿易業務の属人化

──貿易実務で、デジタル化が進みにくい背景を教えてください。
国境をまたぐ貿易業務では、相手国の制度や規制、商材ごとの関税・必要書類、取引先ごとの商慣習など、取引のたびに異なる条件への対応が求められます。
こうした複雑さから、基幹システムを導入する大手企業であっても、貿易業務に必要な機能を十分に組み込めているケースは限られます。多額の費用をかけて機能を追加しても、一つのシステムですべての取引パターンをカバーすることは、容易ではないのが実情です。
その結果、基幹システムには最終的な取引結果のみを登録し、それまでに発生する書類作成や内容確認、関係者との調整といった膨大な貿易業務は、別の仕組みで管理するケースが多くなっています。
貿易では紙やPDFの書類が関係者間を行き交う場面も多く、書類の内容を確認しながら、必要な情報をExcelの台帳などに転記して業務を進めている企業も少なくありません。
──「貿易業務白書2026」では、「特定の担当者しか手順を把握していない」が43.6%、「イレギュラー対応が文書化されていない」が42.6%と、属人化の実態が浮かび上がっています。熟練者の知見が個人にとどまることで、どのような問題が生じますか。
国際取引にはインコタームズ(貿易条件に関する国際ルール)のような共通ルールがあるものの、国や取引ごとの差異が大きく、個別業務まで十分に標準化された「型」はありません。そのため、国や取引先ごとに担当者が固定され、ノウハウが個人に紐づきやすくなります。今も、「生き字引」のような有識者が一人いて、何かあればその人に聞く状態になっている企業があります。担当者が不在になれば業務が滞り、本人も急に休みにくくなりますし、別の人が対応すれば、事故やミスにつながるリスクも高まるでしょう。
手順書を作成している企業もありますが、そこに記されるのはExcel上の操作方法や作業手順の説明が中心です。「何を確認するための業務なのか」といった、判断の目的や背景まで残せていないケースは少なくありません。そうなると、「この国の場合は、この資料とこの資料を並べて確認する」といった手順だけをこなしていても、仕事本来の目的や価値がわからない。成長を実感しにくくなり、結果として仕事への納得感も得られず、若手の定着を妨げる一因になり得ます。
──熟練者の退職が進むなか、後任を担う人材の確保も難しくなると。
貿易業務には専門性があるため、必要な知識や経験をもつ人材を短期間で採用・育成することは容易ではありません。取引を増やしたくても、それを処理できる人材がいなければ、事業は拡大できません。属人化は現場だけの課題ではなく、企業の成長を左右する経営課題にも直結します。
貿易DXを阻む社内の合意形成
──「貿易業務白書2026」では、業務改善やデジタル化について「提案したが進んでいない」、または「提案できていない」と答えた層が合計50.8%に上りました。現場には課題意識がある一方、それが実際の改善につながらないのはなぜでしょうか。
現場が抱えるリスクの深刻さを、経営層やマネージャー層が十分に理解できていないケースは多いと思います。貿易実務は、現場の担当者が日々どのような判断をし、どれほど細かな確認を重ねているのか、見えにくいものです。
事故やトラブルは毎回起きるものではありません。実際には、ベテラン担当者が経験や知識でカバーし、リスクが表面化しないようにしている企業も多いでしょう。
日本企業は、費用対効果を慎重に見極める傾向があると感じています。そのため、「今も業務は回っているのに、なぜコストをかけてシステムを導入する必要があるのか」と考えられやすく、属人化や人材不足といった潜在的なリスクに目が向きにくくなります。
──現場の課題を全社の課題として共有し、合意形成につなげるには、どのような進め方が有効でしょうか。
DXは、段階的に進めることが重要です。いきなり最終形を目指そうとすると、議論だけが長期化しがちです。まずは業務の一部分でAIやデジタルを活用し、「これまで時間がかかっていた作業が簡単になる」「特定の担当者しかできなかった作業を、他の人も担える」といった小さな成功体験をつくる。そうした実感が、現場の理解と次の改善意欲につながります。
ただし、部分的なデジタル化を積み重ねるだけでは、いずれ限界が来るでしょう。次の段階では、一つひとつの作業だけでなく、業務全体の流れを見直す必要があります。そのうえで、取引や書類に関する情報をデータとして蓄積し、現場の業務改善だけでなく、経営判断にも生かせる状態を目指すべきです。
属人化を解消する「Trade Hub」の仕組み
──貿易DXサービス「Trade Hub」は、業務の属人化といった課題をどのように解決するのでしょうか。
Trade Hubは、貿易書類の情報をデータ化し、書類の作成・照合から業務プロセスの管理までを支援する貿易DXクラウドサービスです。AIなどを活用して書類に記載された情報を抽出することで、手入力や確認作業の負担を軽減します。
業務プロセスを設定し、自社の実務に合わせて進捗を管理できることも特徴です。商材・取引先・社内ルールなどに応じて、必要な手順や確認項目を定義できます。
「なぜこの確認が必要なのか」「どの目的のために、どの項目を確認すべきか」をあらかじめ定義できるため、経験者の勘や記憶に依存していた業務を、誰でも一定の基準で進められるようになります。AIやシステムによる確認結果をもとに人が最終的な判断を行い、問題がなければ次のプロセスへ進む運用です。

──導入をためらう企業に対して、どのように導入へのハードルを下げているのでしょうか。
導入時に、最初からすべての貿易業務を対象にする必要はありません。手入力や書類作成、照合など、負荷や課題が大きい工程を見極め、まずはそこから着手できます。
たとえば、注文書を受け取ってから各種書類を作成する工程に負荷が集中している企業であれば、その工程から始めます。導入効果を確認したうえで、対象を次の業務プロセスへ段階的に広げていくことができるのです。
──導入した企業では、どのような効果が表れていますか。
ある導入企業では、L/C決済(銀行が支払いを保証する貿易決済)に関わる業務で、船積書類のチェック時間が導入前の1件当たり10〜15分から、導入後には半分程度まで削減された例があります。
効果は時間短縮だけではありません。L/C決済では、信用状の条件とインボイスなどの船積書類の記載内容に不一致があると、銀行による買取や支払いが保留・拒絶され、入金が遅れるおそれがあります。従来は、担当者が書類を並べ、一つひとつを見比べながら、確認した箇所にチェックを入れて照合してきました。細かな記載の違いも見逃せないため、慎重さと集中力が求められる作業です。
チェックを仕組み化することで、問題が起きた際にも、それを「個人のミス」として抱え込むのではなく、業務プロセスやチェックの仕組みそのものを改善できます。従来は担当者が大きな責任を抱えていたため、導入後には「精神的にかなり楽になった」という声もありました。
──今後3〜5年で、貿易実務の現場はどのように変わっていくことが望ましいとお考えですか。
今後は、各社がまず自社内の貿易業務を整理し、標準化・データ化することが重要です。そのうえで、企業間やシステム間で必要なデータを連携できる状態を目指すべきでしょう。
一方で、企業やシステムの垣根を越えたデータ連携は、一足飛びには実現できません。当社はその実現に向けて、まずTrade Hubを通じ、企業内の業務整理・標準化や書類情報のデータ化を支援していきます。
紙やExcelへの依存、属人化を解消し、企業やサービスの垣根を越えて必要な情報がつながる。そうした、より円滑で持続可能な貿易実務の実現に貢献していきたいと考えています。
(取材・文=福永太郎)





