永谷園のお茶づけ、相撲中継+CM+商品が瞬時にリンク、アッパレな広告
20年以上にわたり1000本を超すテレビCMを中心にマーケティング戦略立案に携わってきた鷹野義昭氏が、新たに年間2万本以上オンエアされるといわれるCMについて、狙いやポイントはどこにあるのかなど、プロの視点からわかりやすく解説する。
「永谷園のお茶づけ海苔」と聞いて、思い浮かべることはなんでしょうか?
力士が勢いよくお茶づけを食べるシーンのテレビCM、もしくは歌舞伎の幕を模した独特のパッケージデザイン、なかには大相撲中継で見かける懸賞旗を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
しかし、大相撲はNHKが中継しています。広告を流せないはずの公共放送が思い浮かぶのはなぜでしょうか? しかも、あの懸賞旗には「お茶づけ海苔」の文字は一言も書かれていないのです。
市場シェア8割を維持
シンプルかつ豪快にお茶づけを食べる一連のテレビCMは、1997年から始まります。当初は、若い会社員が黙々とお茶づけをかき込み、「はあ」と満足のため息をつくストーリー。2003年には、高見盛関(現振分親方)が登場。力士ならではの豪快かつおいしそうに食べるシーンは、大きな話題を呼びました。そして今年、スピード出世中の若手力士、遠藤関にその役目はバトンタッチされました。
ところで、ライバルの商品は丸美屋の「家族のお茶漬けシリーズ」です。こちらでは、女優・前田敦子を起用したテレビCMで商品名通り、「家族皆で食べる」ことを強く意識したものとなっています。
普通に考えれば、幅広い年齢層にウケがいいテレビCMは後者のような気もしますが、依然として永谷園は業界8割のシェアを保っています。
NHKに広告?
最近、民放の競争激化とデジタル技術の向上で、テレビ番組の中でスポンサー以外の商品にモザイクがかけられる場面が多くみられるようになりました。時として、街頭ロケの映像でもモザイク処理され、真っ赤にぼやけた自動販売機だらけの画面を見ると、がっかりしてしまいます。個人的には、テレビ局側がスポンサーに対し、ナーバスになりすぎている感は否めません。
さて、NHKの大相撲中継に話を戻します。当然ながら、NHKは放送法で広告を禁止されているので、民間企業の商業メッセージを流すことはできません。ただ、注目取組の直前、ズラリと並ぶ企業名や商品名の入った懸賞旗が登場する場面では、NHKはカメラを引いてはいますが、生中継ということもありモザイクはかけられません。代わりに過去1年間の対戦成績を画面上に出すなどの措置を施しておりますが、端々には懸賞旗が見え隠れします。
そこに、永谷園の懸賞旗は登場します。視聴者も、画面上の小さな懸賞旗を見て「どこの会社が懸賞金を出しているのか」と気になるところではありますが、目を凝らさなくても「お茶づけ海苔」は簡単に認識できます。
それは、なぜなのでしょうか?
「独特のパッケージカラー」と「テレビCM連動」
「お茶づけ海苔」は、なんといっても、あのカラフルなパッケージが特徴です。発売当初からほとんど変わらないこのパッケージは、歌舞伎の「定式幕」を基調とし、文字枠は「高札」をイメージ、「お茶づけ」の江戸文字によって一段と日本風に引き立てられています。このパッケージを知らないという人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
大相撲のテレビ中継において、ロゴやカラーのオリジナリティが確立していない企業や商品の懸賞旗は、カメラが引くと途端に霞んでしまいますが、「お茶づけ海苔」はシンプルで強いインパクトがあり、誰もが知っているパッケージだからこそ印象に残るのです。
こうした一瞬で目に飛び込み印象に残るものを、視認性の高い「アイキャッチ」や「アイコン」と呼びます。例えば、懸賞旗にカルチュア・コンビニエンス・クラブが展開するTカードのロゴや、アップルのりんごマークなどがあっても同様の現象が起こせるかもしれません。ただし、これらの企業は、永谷園のように大相撲との蜜月関係は築きにくく、コミュニケーションとして有効とは考えられません。
永谷園にとっては、民放各局で展開している、力士がお茶づけを必死に食べる、あのCMシリーズが生きているのです。「大相撲=永谷園=お茶づけ海苔」という図式がすぐ浮かび上がる、見事なリンク付けがされています。テレビCMに力士が出てこなければ、ここまでの結びつきは生まれなかったのではないでしょうか。
ところで、この大相撲の懸賞旗、実際には「お茶づけ海苔」ではなく「永谷園」と書いてあるのですが、こうしたイメージリンクの強さを前にしたら、まったく問題ではないのです。
懸賞の経済効果
現在、テレビCMの相場価格は、視聴率1%の番組の途中15秒間で全国に流すと、およそ20万円です。
大相撲の懸賞旗に一般的なテレビCMほどの情報量は盛り込めないので、単純比較はできませんが、仮に懸賞旗が土俵の上を回り、画面に映る時間を5秒、視聴率を6%とすると、約40万円の露出価値となります。
これに対して懸賞1本当たりに企業が拠出する金額は6万2000円です(ちなみに内訳は、3万円が力士手取り分、2万6700円が納税充当金、5300円が日本相撲協会経費だそうです)。
永谷園は、1場所当たり多い時には200本の懸賞を出しているので、露出価値約8000万円に対し、拠出金は1240万円と考えられます。
もちろん、どんな企業でも視認性の高い懸賞旗を出せば広告効果があるとはいえません。大相撲とのイメージ連動、ターゲットの合致性、商品との親和性があってこそ、その価値が見いだせるのです。
ところで、最近の永谷園のテレビCMの中で、NHKの映像のように自社の懸賞旗が映されているシーンを使っています。広告禁止の公共放送らしき映像をあえて使用している点もまた面白いところです。
永谷園広報部によると、「広告効果は意識しておらず、純粋に国技としての大相撲を応援するために懸賞を出しています。好取組に対して懸賞をかけることで、大相撲特有の華やかさを盛り上げることを第一義としています」とのことだが、何はともあれ、禁断の公共放送に堂々とCMのイメージを映し出しているところがアッパレです。
さて、大相撲との連動、日本文化とのコラボレーションなど、一見すると良いことずくめのようなCMへの力士の起用ですが、お茶づけの将来を考えると、ターゲットの年齢層が絞られすぎているのではないかと懸念されます。
お茶づけ、力士、相撲……これらのキーワードだけを聞くと、特に若い女性への訴求効果はどれほどあるのだろうか、と気になります。
しかし、寿司をはじめとした日本料理は、世界からの注目度が高まりつつあり、相撲も若い女性を取り込むための企画を実施するなど、人気回復に向けて動いています。「国技」としての地位すら危ぶまれた時期もありましたが、こちらも世界に誇れる日本の伝統です。「お茶づけ離れ」「相撲離れ」などとならぬよう、さらに若い人を引きつけるような魅力を発信し続けてほしいものです。
(文=鷹野義昭/CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター)