正義氏は泰蔵氏の起業に1円も出資しなかった
泰蔵氏にとって正義氏は、どんな存在だったのだろうか。年齢が15歳も離れていて、兄がソフトバンクを起業した時、泰蔵氏はまだ小学生だった。兄が事業をどんどん拡大した頃は中学・高校生で、共通の話題もあまりなかったという。どこの家庭でも年が離れた兄弟というのは、大体そういうものだ。ましてや正義氏は、ビジネスの成功者で並の兄ではない。
泰蔵氏が起業を志した時、正義氏は弟に起業や経営についていろいろアドバイスしており、ソフトバンクはインディゴにとって最重要取引先だったが、立ち上げ段階では1円も出資していない。当時もソフトバンクは多くのベンチャーに出資しており、インディゴの起業に1000万円出資しようと思えばできたはずだが、それをしないのは「身内ではなく他人を一から説得して、他人のカネで起業してみなさい」という、起業家の先輩としての正義氏の見識だったのかもしれない。このことが結果として、孫兄弟がその後もお互いに起業家として「いい関係」を築いていく原点になったともいえる。
雑誌の若手起業家特集で、泰蔵氏のページにつけられたタイトルは「兄には兄の、僕には僕の夢があります」だった。2013年にガンホーはソフトバンクの連結子会社になったが、この兄弟は共同経営者でもなければ、主従や同盟者のような関係でもない。まるで仲の良い起業家仲間のようだ。現在、泰蔵氏のプライベート・カンパニー(資産管理会社)といえるのが、インディゴから発展してガンホーやブロッコリーの大株主になっていたアジアングルーヴ合同会社だが、ソフトバンクとの間に直接の資本関係はない。泰蔵氏は、かつてソフトバンクのグループ企業の取締役を務めたこともあるが、現在はソフトバンク関連企業の役員になっていない。
こんな関係を、どう表現すればいいのだろう。地球は、金星のように太陽に近すぎず、火星のように太陽から遠すぎない「ちょうどいい距離(ハビタブル・ゾーン)」に位置しているので、生物が誕生して進化できる環境を持つ奇跡の星になったという話がある。そんな惑星を、『3びきのくま』(福音館書店)という英国の童話の主人公の女の子の名前にちなんで「ゴルディロックス惑星」という。正義氏と泰蔵氏は、少なくとも表面的には、太陽と地球のように近づきすぎず、しかし遠く隔たりすぎてもいない「ちょうどいい関係」を保っているようだから、「ゴルディロックス兄弟」と呼んでもいいかもしれない。