こんな意見をよく耳にする。しかし、短期志向の「犯人」はほんとうに資本主義なのだろうか。
ショートターミズムに対する批判で最近注目を集めたのは、米民主党の次期有力大統領候補、ヒラリー・クリントン氏の発言である。同氏は7月、ニューヨーク大学での講演で、企業経営者が株主からの圧力によって短期的な好業績を求められる傾向を「四半期資本主義」と批判。上場企業は技術革新、資本、労働者の訓練、賃金などにお金を回さず、自社株買いや配当に費やしていると指摘した。同氏は「資本主義はバランスを失っている。修復が必要」と強調。長期的な成長を促すため、株式のキャピタルゲイン(譲渡益)課税を見直し、税率が安くなる長期保有の期間を現行の1年以上から、2年以上に厳格化するなどの提案を行った。
課税強化で実際に短期志向が是正されるかどうかはともかく、クリントン氏によるショートターミズム批判そのものには、共感する人が多いかもしれない。しかし、短期志向が資本主義の行きすぎのせいだという同氏の主張は、ほんとうに正しいだろうか。
株価を決めるもの
株式投資の理論について勉強したことのある人なら、株価を決めるのは短期的な利益だけではないことを知っているだろう。株価の適正水準を試算する方法はいくつかあるが、よく知られたものに「割引配当モデル」がある。将来の配当総額を、ある一定の利回りで現在価値に割り引いて求める。このモデルからわかることは、株価は向こう3カ月や半年、1年間などの短期間にもらえる配当額だけでなく、何年間、何十年間という長期間にもらえる配当額に左右されるということである。
だから企業が技術開発や設備投資の計画を立てた場合、短期の利益にはつながらなくても、将来の配当額を増やすのに役立つと市場で判断されれば、株価は上昇する。したがって、株主がそれらの計画に反対する理由はない。むしろ積極的に賛成するだろう。反対して計画が実現しなければ株価は下がり、自分が損をしてしまうからである。つまり、株主や投資家が目先の利益しか眼中にない存在だというのは、資本主義本来の仕組みから考えるかぎり、根拠のない俗説にすぎない。
ただし最近、米国だけでなく日本でも、企業が目先の配当支払いや自社株買いに資金を多く回しているのは事実である。この傾向の原因が資本主義にないとすれば、どこにあるのだろうか。
借金依存の根本原因
企業が資金を調達する方法には、大きく以下の3つある。
(1)事業で利益を稼ぐ
(2)株主から資本を集める
(3)金融機関から借金する
このうち(1)で稼いだ利益の一部を株主に払うのが配当で、(2)で集めた資本の一部を株主に返すのが自社株買いである。だから配当と自社株買いを増やせば、相対的に(3)の借金に頼る比重が大きくなる。
逆にいえば、経営者が事業で稼いだり株主から資本を集めるよりも、借金をしたほうが安上がりだと判断すれば、配当や自社株買いで株主にお金をどんどん返し、借金依存を強めるだろう。今の経済は、まさにそのような状況にある。借金のコストの低さが根本の原因なのである。
真犯人
それでは、誰が借金のコストをそれほどまでに低くしているのか。いうまでもない。超金融緩和政策を続ける中央銀行である。すなわち米国なら連邦準備理事会(FRB)、日本なら日本銀行である。企業が配当支払いや自社株買いを増やしていることを、クリントン氏は資本主義の行きすぎによるショートターミズムと批判したが、「真犯人」は資本主義ではなく、政府の一部である中央銀行なのである。
企業を短期志向に駆り立てる政府の政策は、超金融緩和だけではない。企業活動に対するさまざまな規制強化は、事業の収益性を低くする。そうなれば経営者は、資金をわざわざリスクのある事業に投資するよりも、株主に返すほうが無難だと判断するようになる。
そもそもクリントン氏に限らず、政治家に企業を「短期志向」と非難する資格があるとはとても思えない。政治家や政府こそ、短期志向の権化だからである。選挙のたびに有権者に社会保障や公共事業のアメをばらまき、その結果、将来世代に巨額の借金を押しつけている現実をみれば、誰の目にも明らかだろう。
繰り返そう。資本主義は短期志向といわれるが、それは嘘である。
ワイン産業を考えてみればいい。ブドウ畑がほんとうにすばらしいワインを生み出すには、何十年もかかる。ありふれたテーブルワインでさえ、消費者に受け入れられるためには、企業家が前もって何年も計画を練らなければならない。一方、目先の選挙のことしか頭にない政治家や彼らが動かす政府に、長期の計画は実行できない。資本主義を短期志向の犯人呼ばわりする政治家は、そうすることによって自分自身の罪をごまかそうとしているのである。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)