訪日富裕層はなぜ「新幹線」ではなく「フェラーリ」を選ぶのか…移動が旅の目的になる時代

●この記事のポイント
フェラーリを1日30万円で借りる高級車レンタルが、訪日富裕層に人気だ。2026年7~9月期の訪日客1人当たり旅行支出23.4万円を上回る料金を払い、移動そのものを楽しむ。日本風景街道147ルートや、東京と白馬をスーパーカーで往復するツアーを例に、訪日客の宿泊の3割強しか地方部に向かわない偏りを「道」から変えられるかを考える。
フェラーリが1日30万円。そんな高級車レンタカーを借りて、訪日客が自らハンドルを握り、地方へ走っている。新幹線なら数時間で済む距離を、あえて何日もかけて。観光産業が長く「短縮すべきコスト」と見なしてきた移動時間の意味が、少しずつ変わり始めている。
●目次
「着くまで」にお金を払う人たち
9月25日付日経MJは、富裕層の訪日客のあいだで高級車のレンタカーが人気を集めていると報じた。見出しには「フェラーリ1日レンタル30万円」とある。記事に登場するのは、フランスから来た若いカップルだ。8月、東京を起点に箱根、鳥羽(三重県)、京都、直島(香川県)を3週間かけて巡り、その足にアストンマーティンを選んだという。
金額だけ見れば、富裕層のぜいたくで片付けられる。ただ、比較の物差しを置くと見え方が変わる。観光庁のインバウンド消費動向調査によれば、2026年7~9月期の訪日客1人当たり旅行支出は23万3677円(1次速報)。車1台を1日借りる代金が、平均的な訪日客1人の旅行1回分の支出を上回る計算だ。
それでもお金を払う理由はどこにあるのか。手がかりは、金額の大きさよりも「何に対して払っているか」にある。従来の旅行商品は、目的地で過ごす時間を最大化するために、移動をできるだけ速く、安く、意識させないように組まれてきた。高級車レンタルで訪日客が買っているのは、その「移動」の時間そのものだ。日経MJの見出しを借りれば、移動が「旅の醍醐味」になっている。
「交通経済学では、移動は本来の目的のために仕方なく払う『派生需要』と扱うのが基本です。ただ、観光には昔から例外があります。豪華な観光列車やクルーズ船がそうです。今回の動きは、その例外がレンタカーという個人の移動手段にまで広がってきた、という読み方ができます」(観光政策アナリスト・湯浅郁夫氏)
なぜ「日本の道」なのか
富裕層が求めているのは、車そのものだけではない。同じ車なら本国でも乗れる。わざわざ日本で借りるのは、「どこを走るか」に価値があるからだろう。
東京を拠点にスーパーカーを貸し出すrentmejpの創業者オリヴィエ・パオリ氏は、2026年9月のプレスリリースで、日本は「ドライブを楽しむのに、とても魅力的な国」だと語り、都市を離れて山へ向かうにつれ景色が少しずつ変わっていく過程を魅力に挙げている。大都市から数時間で山岳地帯や海岸線に出られる距離感は、日本に住む者には当たり前でも、広大な国土を持つ国の人には新鮮に映る。
道そのものを観光資源として磨く取り組みも、実は以前からある。国土交通省が2007年に登録を始めた「日本風景街道」は、住民や自治体が景観を守り育てるルートを審査・登録する制度で、2026年2月26日時点で全国147ルートにのぼる(日本経済新聞)。その道の上に、「自ら運転する訪日客」という新しい顧客層が重なりつつある。
加えて、日本の道路旅行には、細部の安心感がある。地域色のあるサービスエリアや道の駅、休憩で立ち寄れる清潔なトイレ。一つひとつは地味だが、高価な車を慣れない土地で走らせる人にとっては、「途中で困らない」こと自体が価値になる。日本人が日常として見過ごしてきたインフラが、高単価な体験の土台になっているわけだ。
「海外からの観光客からよく聞くのは、風景の話よりも、むしろ『道中で何も困らなかった』という感想です。給油も休憩も食事も、計画どおりに運ぶ。その安心感があるから、運転そのものを楽しめるのだと思います」(同)
「通過される町」から「走りたい道のある町」へ
地方にとって、この動きは小さくない意味を持つ。インバウンドの恵みは、まだ大都市に偏っているからだ。
政府が2026年3月に閣議決定した第5次観光立国推進基本計画の資料によると、2025年の訪日客の延べ宿泊者数のうち、三大都市圏が約66%を占め、地方部は約34%(6056万人泊)にとどまる。計画は2030年に地方部を1.3億人泊とし、三大都市圏と同等の水準に引き上げる目標を掲げた。ざっと2倍の規模だ。
新幹線や飛行機は、「点と点」を結ぶ。その便利さと引き換えに、あいだにある山間の集落や宿場町は、窓の外を流れていくだけの風景になりがちだ。自動車の旅は、この構図を変える。給油、昼食、写真を撮るための寄り道。「線」の上に立ち寄る理由が生まれ、地元の食堂や酒蔵、旧街道の町並みが消費の場になりうる。
「数」より「質」という観点でも、筋は悪くない。観光庁の資料では、着地消費が1人100万円以上のいわゆる「高付加価値旅行者」は、2019年に訪日客全体の約1%に過ぎないが、消費額の約11.5%を占めた。ただし、その消費は地方では少ないとされる。少人数で大きな消費を生む層を地方に導ければ、混雑を招かずに地域へお金を落とす道が広がる。
マクロの数字も、この方向を後押しする。JNTOの推計では、2026年1~9月の訪日客数は3073万200人で、前年同期比2.9%減となった。JNTOは直近9月の減少要因として、中東情勢による航空券価格の上昇や減便、台風による欠航などを挙げている。一方、7~9月期の旅行消費額は2儆2076億円で前年同期比3.2%増、1人当たり支出は6.1%増だった(いずれも速報値)。人数が伸び悩む局面で、単価をどう上げるか。その問いに対するひとつの答えが、「道」にある。
「小さな町では、人数で勝負すると宿も駐車場もすぐに足りなくなります。一日に数台でも、食事と宿泊でしっかりお金を使ってくれるお客が来てくれるなら、生活への影響も少なく、住民の理解も得やすい。ただ、訪れてもらうための情報発信は、まだ種まきの段階です」(同)
市場を拓く事業者と、広がる共創
この市場は、参入する側にとって決して楽な商売ではない。高額な車両を保有し、保険を手当てし、言葉も交通ルールも異なる利用者に貸し出す。一つの事故が、事業そのものを揺るがしかねない。
先の rentmejp は2025年に誕生したブランドだ。日本で約30年楽器ビジネスに携わってきたパオリ氏と、アジアのラグジュアリー分野で経験を積んだ共同創業者が立ち上げ、フェラーリやポルシェ、アストンマーティンなどを揃える。同社サイトによれば、運転者は26歳以上。日本の免許のほか、1949年ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証、一部の国・地域は公的な日本語翻訳文が必要とし、保険は料金に含めている。利用の条件を細かく設けることが、そのまま商品の信頼性になっている。
地域との組み合わせも始まった。同社は2026年9月、長野県白馬村の「ホテル ラ ネージュ」と組み、東京と白馬をスーパーカーで往復する2泊3日の「The Alpine Grand Tour」を発表した。宿泊、地元食材を使うコースディナー、地元の居酒屋ダイニングでの夕食、ゴンドラチケットをセットにし、春から秋に限って販売する。世界的なスキーリゾートに、雪のない季節にも訪れる理由をつくる。ホテルを運営する白馬ホスピタリティグループのCEOは、白馬へ向かう「道のり」そのものも旅の体験にしたいと語っている。レンタカーが「足」ではなく、季節の偏りを平準化する「集客装置」として使われている点は興味深い。
もちろん課題もある。国土交通省によると、国際免許または外国免許を持つ外国人運転者のレンタカー事故は、2020年の47件から2025年には212件へ増えた。2020年はコロナ禍で訪日客自体が極端に少なかった年であり、倍率だけを取り出して議論するのは控えたいが、利用が広がれば安全への投資が欠かせないことは確かだ。同省は2026年7月、新千歳・福岡・那覇の各空港周辺で、右折の進路を示すカラー舗装や誤進入を防ぐラバーポールといった対策を本格導入すると発表している。沿道の住民にとっては、エンジン音や駐車マナーも気になるところだろう。事業者と地域が、走り方のルールや推奨ルートを一緒につくれるかどうかが、この市場の息の長さを決める。
「高額車両を訪日客に貸す場合、車両損害だけでなく、事故後の言語対応や帰国後の示談までを見越した設計が求められます。年齢や運転歴の条件、走行距離の上限など、リスクを細かく切り分けて管理できる事業者ほど、保険も組みやすいのが実情です」(同)
視点を変えれば、道は資源になる
スーパーカーで日本を走る旅は、今のところごく一部の富裕層に限られた市場だ。市場規模を示す公的な統計も、筆者が確認した範囲では見当たらない。この動きだけで地方の課題が解決するわけではないし、そう期待するのも無理がある。
それでも、この事例から読み取れることは多い。新しい施設を建てたわけでも、新しい名所を発見したわけでもない。既にある道と景色、既にある宿と食。それを「移動」という切り口で編集し直しただけで、新しい商品が生まれている。今後、運転手付きの高級車ツアーや、旧街道を巡るサイクリングなど、「道の体験」を売る商品は形を変えて広がっていくだろう。
ビジネスに携わる人にとって、これは観光に限らない話だ。自社が「コスト」や「当たり前」として扱っているものが、別の顧客から見ればお金を払う理由になっていないか。成熟したと言われる市場にも、そういう余白はまだ残っている。
リスクを取って新しい体験を設計する移動事業者と、それを受け止める地域の宿や店、そして安全な道を支える行政。三者がそれぞれの役割を果たしたとき、「通り過ぎるだけだった道」は、訪れる理由のある道に変わる。その変化がどこまで広がるのか、引き続き注目したい。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)
【主な参照データ・出典】
日本経済新聞(日経MJ)「フェラーリ1日レンタル30万円、訪日客に人気 移動が旅の醍醐味に」2026年9月25日
白馬ホスピタリティグループ(PR TIMES)「ホテル ラ ネージュとrentmejpが「THE ALPINE GRAND TOUR」をスタート」2026年9月10日
rentmejp「東京でフェラーリをレンタル」(利用条件・FAQ)
観光庁「インバウンド消費動向調査2026年7-9月期(1次速報)」2026年10月21日
日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年9月推計値)」2026年10月21日
トラベルボイス「訪日外国人数、2026年9月は5%減の310万人」2026年10月21日(1~9月累計の数値)
観光庁「観光立国推進基本計画」および概要資料(PDF)、2026年3月27日閣議決定
国土交通省「訪日外国人レンタカーの交通安全対策を空港周辺地域で本格展開」2026年7月17日
日本経済新聞「道を地域の観光資源に 日本風景街道147ルート」2026年2月27日
公益財団法人日本交通公社「「高付加価値旅行者」をどう捉えるか?」2026年9月7日










