ステーブルコインかトークン化預金か…AIエージェント時代に問われる「使い分け」の設計図

●この記事のポイント
「ステーブルコインの熱気が一段落した」との見方は正しいのか。USDT・USDCの流通額約2500億ドル、米GENIUS法、2026年6月施行の改正資金決済法、金融庁PIPの実証、DCJPYを使った貿易決済の検討を手がかりに、AIエージェント時代にステーブルコインとトークン化預金をどう使い分けるかを解説する。
「ステーブルコインの熱気は一段落し、関心はトークン化預金に移った」。2026年に入り、金融業界ではこうした見方が語られるようになった。国内の発表を追うと、たしかに銀行がトークン化預金の事業化に動く案件が目立つ。
ただ、これをステーブルコインの「失速」と読むのは早い。同じ時期に、3メガバンクは貿易決済へのステーブルコイン活用を検証する実証実験に加わっている。起きているのは主役の交代ではない。投機と実験の段階を抜け、どの業務にどちらの通貨を当てるかを詰める段階に入った、と見るほうが実態に近い。
本稿では両者を対立軸ではなく役割分担として捉え、AIエージェントの普及が決済に何を求めるのか、日本企業にどんな事業機会があるのかを整理する。
●目次
- 二項対立の終焉――「開かれた血流」と「堅牢な骨格」
- なぜ今、トークン化預金なのか――「AIエージェント経済」が突きつける問い
- 日本の実業とスタートアップに訪れる「二刀流」の勝機
- インフラが整った今こそ、事業創造に踏み出す時
二項対立の終焉――「開かれた血流」と「堅牢な骨格」
ステーブルコインの強みは、誰でも参加できるパブリックチェーン上で動く点にある。ウォレットがあれば受け取れ、銀行の営業時間にも国境にも縛られない。データ集計サイトDefiLlamaによると、米ドル建ての2大銘柄であるUSDT(テザー)とUSDCの流通額は、2026年11月2日時点で合わせて約2500億ドルに上る。
制度面の整備も進んだ。米国では2025年7月にGENIUS法が成立し、発行体に準備資産の100%保有と毎月の構成開示が義務づけられた。日本では2025年の資金決済法改正が2026年6月に施行され、信託型ステーブルコインの裏付け資産に一定の国債や定期預金を組み入れられるようになった。
一方のトークン化預金は、銀行預金そのものをブロックチェーン上で扱えるようにしたものだ。発行体は銀行で、法的には預金の延長にある。会計処理や既存規制との関係を整理しやすく、参加者も本人確認を済ませた口座保有者に限られる。米JPモルガンのブロックチェーン基盤「Kinexys」は、同社の開示によれば1日平均70億ドル超の取引を処理している。
ステーブルコイン
発行体 資金移動業者、信託会社、銀行など
主なネットワーク パブリックチェーン(誰でも接続可能)
得意な領域 越境送金、Web3サービス連携、小口・個人間決済
法的な位置づけ(日本) 電子決済手段
トークン化預金
発行体 銀行
主なネットワーク 参加者を限定した許可型チェーンが中心
得意な領域 企業間の大口決済、サプライチェーン金融、基幹システム連携
法的な位置づけ(日本) 預金
もっとも、この線引きは固定的ではない。金融庁の「決済高度化プロジェクト(PIP)」では、2026年2月に野村證券、大和証券、3メガ金融グループによる社債などのブロックチェーン移転とステーブルコイン決済の連動が、9月にはトレードワルツ、NTTデータ、3メガバンク、三菱UFJ信託銀行による貿易取引でのステーブルコイン決済が、それぞれ支援案件に選ばれた。企業間の大口取引でも、ステーブルコインは検証の俎上に載っている。
「どちらが勝つか、という問いの立て方が実務とずれています。取引相手が同じ銀行ネットワークの中にいるのか、外にいるのか。選択を分けるのは技術より、相手との関係です」(金融アナリスト・川﨑一幸氏)
なぜ今、トークン化預金なのか――「AIエージェント経済」が突きつける問い
生成AIは「質問に答える道具」から、目標を与えられると自ら手順を組み、外部サービスを呼び出す「AIエージェント」へと用途を広げつつある。その先に来る論点が決済だ。
米グーグルは2025年9月、AIエージェントによる支払いの共通手順「AP2(Agent Payments Protocol)」を公表し、60を超える組織と協働していると説明した。利用者の指示を電子署名つきの「マンデート」として記録し、カードから銀行の即時送金、ステーブルコインまで扱う設計だ。HTTPの「402 Payment Required」を使い、API利用料などをステーブルコインで支払う標準「x402」も、運営側によれば数百万件の取引を処理してきたという。
1回あたり数円から数十円の課金を昼夜を問わず処理する用途では、ステーブルコインの軽さが生きる。ところが、エージェントが数千万円規模の部材発注や契約の決済まで担うとなると、財務部門が確かめたいことは変わる。取引相手の本人確認は済んでいるか。その資金はどの法的主体に対する債権か。会計上どう処理し、監査で説明できるか。
ここで一つ注意したい。トークン化預金だから全額が守られる、というわけではない。日本の預金保険は、無利息の決済用預金なら全額、それ以外は1金融機関ごとに預金者1人あたり元本1000万円とその利息までが保護の対象で、トークン化預金がどの区分に当たるかは商品設計による。倒産隔離という点では、裏付け資産を信託で分別管理する信託型ステーブルコインのほうが仕組みは明快とも言える。
トークン化預金の強みは、銀行規制と監督のもとにある発行体の信用、既存の預金と同じ会計処理、本人確認済みの参加者という前提にある。そこにスマートコントラクトの「検収完了と同時に支払う」というプログラム性が加われば、エージェントに任せる範囲を広げても統制を利かせやすい。
中央銀行もこの論点を意識している。日銀の氷見野良三副総裁は2026年5月の講演で、ステーブルコインは裏付け資産の面で互いの同一性が高い一方、支払いに日銀の決済機能が介在しない点を指摘した。そのうえで、銀行預金と日銀当座預金をトークン化してブロックチェーンに乗せる構想を紹介している。植田和男総裁も3月の講演で、AIエージェントによる担保評価や入れ替えの自動化に触れつつ、スマートコントラクトの設計次第では悪用されるおそれがあると述べた。
「エージェントに支払い権限を渡すとき、経理がまず確認するのは上限額と取り消しの手順、そして証跡です。銀行勘定の中で完結するトークン化預金は、その説明がしやすい」(同)
日本の実業とスタートアップに訪れる「二刀流」の勝機
国内で目立つのは、トークン化預金の基盤「DCJPY」を手がけるDCPグループ(2026年7月に持株会社がディーカレットホールディングスから商号変更)の周辺だ。グループのディーカレットDCPとGMOあおぞらネット銀行などによる案件は2026年4月にPIPの支援対象となり、異なる銀行の利用者間で送金する際の銀行間決済を検証している。8月の発表では43社が参加し、比較する方式には、ステーブルコインを使って銀行間を決済する「TD-SC連携方式」も含まれる。2つの通貨をつなぐ発想そのものが、検証の対象になっているわけだ。
地域金融では、北陸銀行とDCPが2027年度のサービス開始を目指し、企業間決済や給与のデジタル払い、地域通貨での活用を検討している。
実業の現場に近い例もある。貿易プラットフォームのSTANDAGEとDCPは10月、商工中金の発行を想定したDCJPYと電子船荷証券(eB/L)を同時に決済する仕組みの共同検討を始めた。eB/Lの利用を可能にする商法改正の施行が2027年度に見込まれることを踏まえ、2028年度の商用化を目標に掲げる。書類が届くまで代金を受け取れない、という貿易の時間差を縮める試みで、両社が掲げる「商流の電子化と金流との同期」を実務で確かめる案件と言える。
では、スタートアップの出番はどこにあるのか。有望なのは、異なる台帳や通貨をつなぐ接続層、エージェントの支払い権限と上限を管理する仕組み、ブロックチェーン上の取引を会計や基幹システムに取り込む連携ソフトなど、両者の「あいだ」の領域だ。2025年の法改正では「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業」も新設され、制度上の入口も用意された。
ただし、空白地帯がそのまま残るとは限らない。AP2に名を連ねるような大手決済事業者やIT企業も同じ領域に関心を寄せており、規制対応や監査に耐える体制づくりには相応のコストがかかる。
「技術で差がつく時間は短い。銀行と事業会社の双方から『監査で説明できる』と認められる設計を先に固めた企業が残るはずです」(同)
インフラが整った今こそ、事業創造に踏み出す時
この数年、議論の中心は技術と法規制だった。日米で法整備が進み、銀行と事業会社による実証が具体的な業務に入り込みはじめた今、ようやく現場で試せる道具がそろいつつある。
もちろん、商用化の多くは2027〜28年度の目標段階にあり、銀行間決済の方式も検証の途中だ。ステーブルコインの価値が1対1から外れるリスクや、スマートコントラクトの不具合といった課題も残る。それでも方向感は見えてきた。大づかみに言えば、外の世界とつながる取引にはステーブルコインを、国内の産業と供給網の資金の流れにはトークン化預金を当て、その間を滑らかにつなぐ、という姿だ。
AIエージェントが取引の担い手になる時代に向けて、どちらの通貨をどの業務に当てるか。その設計図を描けるかどうかが、次の数年の競争力を左右することになりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト)
【主な参照データ・出典】
DefiLlama Stablecoins API(USDT・USDCの流通額)
White House「Fact Sheet: President Donald J. Trump Signs GENIUS Act into Law」2025年7月18日
金融庁「令和7年資金決済法改正に係る政令の公布及びパブリックコメントの結果等の公表」2026年5月22日(施行日2026年6月1日、信託型SCの裏付け資産、仲介業の新設)
金融庁 PIP支援決定案件(第2号)2026年2月13日
金融庁 PIP支援決定案件(第3号)2026年4月3日
金融庁 PIP支援決定案件(第4号)2026年9月29日
J.P. Morgan「Kinexys」(1日平均70億ドル超、2025年の社内データ)
Google Cloud「Announcing Agent Payments Protocol (AP2)」2025年9月16日
x402公式サイト
日本銀行 氷見野副総裁講演「通貨の単一性と中央銀行の役割」2026年5月16日
日本銀行 植田総裁講演「新金融エコシステムにおける中央銀行の役割」2026年3月3日
DCP「トークン化預金の銀行間決済に関する検証に43社が参加」2026年8月26日
北陸銀行・DCP 基本合意 2026年6月16日
STANDAGE・DCP「2028年度の商用化に向け決済一体型貿易プラットフォームの共同検討を開始」2026年10月28日
ディーカレットホールディングス 商号変更のお知らせ 2026年6月22日
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