シニアeスポーツ・VR旅行・趣味SNS…「楽しむ高齢者」が開く新市場の現在地

●この記事のポイント
65歳以上が3624万人、総人口の29.6%に達した日本で、シニアを「守る対象」から「楽しむ当事者」へ捉え直す動きが広がる。平均年齢67歳のプロeスポーツチーム「マタギスナイパーズ」、ECCのゴーグル不要のVR旅行、会員42万人の趣味人倶楽部の事例と、JAGESの研究データから、成功の条件と課題を探る。
超高齢社会のビジネスといえば、医療・介護・見守りといった「安心・安全」の領域が長く中心にあった。だが、65歳を迎えた日本人の平均余命は男性で約20年、女性で約24年半ある。その時間に求められているのは、リスクを減らすことだけなのだろうか。いま、シニアを「ケアされる側」ではなく「楽しむ当事者」として捉え直す動きが、eスポーツやVR体験、趣味のコミュニティといった現場から広がり始めている。事例とデータをもとに、その可能性と落とし穴を整理する。
●目次
「不安を減らす」だけでは届かない層がいる
2026年9月15日現在の65歳以上人口は3624万人。総人口に占める割合は29.6%で、過去最高を更新した。65歳以上の就業者も943万人と、22年連続で増えている(総務省統計局)。「高齢者=支えられる人」という一括りは、もう実態に合っていない。
それでも、シニア向けとされる商品やサービスを並べてみると、健康維持、保険、見守り、終活と、「不安を減らす」発想のものが今も多い。どれも必要なものだ。ただ、まだ元気で時間もあり、何か新しいことをしたいと考えている人にとっては、それだけでは物足りない。
よく引き合いに出されるのが「定年後の自由時間は約10万時間」という数字だ。ただしこれは統計値ではなく、前提の置き方で大きく変わる。令和7年簡易生命表で65歳時点の平均余命を確かめると、男性19.68年、女性24.52年。これに、自由に使える時間を仮に1日11時間として掛けると、男性で約7.9万時間、女性で約9.8万時間になる。年2000時間を40年働いた場合の総労働時間が8万時間だから、ほぼそれに並ぶ。細かな数字より、「現役時代の労働時間に匹敵する時間を、何に使うのか」という問いのほうが大事だろう。
「高齢期の生活の張りを左右するのは、体力そのものより、役割があるか、人とつながっているかだという知見が積み重なっています。安全の確保は大前提ですが、守られるだけの日常からは、明日も出かけたいという気持ちは生まれにくい」(老年学・ウェルビーイング政策の研究を行うデータサイエンティスト・内山直氏)
熱が生まれている三つの現場
平日の午後、本気で撃ち合う——シニアeスポーツ
秋田を拠点とする「マタギスナイパーズ」は、60歳以上の選手だけで構成されるプロeスポーツチームだ。地元のIT企業エスツーが2021年に立ち上げた。2026年9月の東京ゲームショウで開かれたトークイベントの報道によれば、メンバーは16人(うち女性4人)、最高齢は75歳で、平均年齢は67歳。競技タイトルは若い世代にも人気のシューティングゲーム『VALORANT』で、トップチームは平日13時から17時まで練習する。2025年5月にはマレーシアのシニアチームと国際交流戦も行った。
興味深いのは、その始まり方だ。結成当初、最初にやったのはゲームの練習ではなくパソコン教室だったという。シャットダウンの仕方から、一つずつ教えた。それでも続けている理由を問われた70歳の選手は、「相手も人間。それが、とにかく面白い」と答えている。66歳の選手は、決まった時間にPCの前に座るために家事を手早く片付けるようになり、生活に張りが出たと話している。
シニアeスポーツは、反射神経の維持といった「効能」で語られがちだ。だが、ここで人を動かしているのはもっと素朴なものだろう。勝ち負けがあり、仲間がいて、外から見られている。競技者として扱われること自体が、続ける理由になっている。
課題も見えている。同じイベントでは選手から、老眼で長時間画面を見ると照準を合わせにくいという声が上がった。秋田県eスポーツ連合の担当者は、自治体などがイベントを開くこと自体を目的にしてしまう危うさを指摘し、まずゲームが楽しいことが大前提だと述べている。
ゴーグルを外した「VR旅行」——体験の共有が会話を生む
外出が難しい人に旅の体験を届けるVRは、介護施設のレクリエーションとして少しずつ広がってきた。2026年9月には英語教室で知られるECCが「ECCシニアプロジェクト」を始動し、第1弾として施設向けの「四季を旅する~VR大人の遠足」を発表した。特徴は、ゴーグルを使わず、スクリーンなどで部屋全体を映像空間にして複数人で体験する点にある。1回10~20人程度が目安で、料金は15分×6コマ(各15~20人)で12万円(税別)。8月に愛知県一宮市のシニア施設で実施した際には、昔の旅行を思い出した、誰かと話したくなった、といった感想が寄せられたという。
ここに一つのヒントがある。一人で深く没入することより、同じ景色を見た人同士で話が始まることに価値がある。ヘッドセットを嫌がる人や、装着に介助が要る人も加わりやすい。問われているのは技術の新しさより、参加の敷居の低さと、その後の会話まで含めた設計だ。
「習う」から「つくる・集う」へ——大人のサードプレイス
50代以上向けSNS「趣味人倶楽部」(会員42万人)を運営するオースタンスは2026年10月、直近約1年に開いた公式イベント66件の分析結果を公表した。約76%は「健康・終活」以外のテーマだった。チラシデザインと缶バッジ作り、初心者向けのAI講座、セルフジェルネイルと、「作る」「試す」「集う」企画が並ぶ。
その土台になるデジタルの利用も広がっている。総務省の令和7年通信利用動向調査では、インターネット利用率は60代で91.2%、70代で71.9%。80歳以上は37.1%にとどまるが、令和3年の27.6%から伸びている。オンラインで知り合い、オフラインで集まる。そういう行き来が、少なくとも60代・70代の一部ではもう珍しくない。
「シニア向け」と名乗った瞬間に遠ざかるもの
つまずきの典型は、「シニア向け」「シルバー専用」と銘打つことで、かえって敬遠されるパターンだ。自分を「高齢者」だと思っていない人は少なくない。年齢で括られたとたん、その商品は「自分のためのものではない」と受け取られかねない。
前述のオースタンスの分析も、企業が伝えたいことを前面に出すと参加者の心理的なハードルが上がると指摘する。補聴器メーカーと共催したイベントでは、「セミナー」や「体験会」ではなく「きこえケア懇親会」と名付け、同世代と話せる場として打ち出した。もっとも、この分析は同社が主催したイベントの集計であり、シニア全体の傾向を表すものではない。その前提で読む必要がある。
うまく回っている取り組みには、三つの共通点がある。
1.中身は本格、入り口だけを整える:マタギスナイパーズが選んだのは、若者と同じ競技タイトルだった。手加減した「シニア版」をつくるのではなく、PCの扱い方や操作の習得といった入り口に手間をかけている。
2.観客ではなく演者にする:見るだけ、教わるだけの関係は長続きしにくい。チームの一員、イベントの主催者、作品の作り手としての役割が、通い続ける理由になる。
3.世代で閉じない:マタギスナイパーズには、他県の高校生や県内の大学生から対戦の申し込みもあるという。シニアだけの輪より、若い世代と同じ土俵に立てる接点のほうが、本人の誇りにもつながりやすい。
「失敗する企画の多くは、作り手が『高齢者はこうだろう』と先回りしています。文字を大きくする、操作を減らす。それ自体は正しくても、中身まで薄めてしまうと、利用者はすぐに気づきます。配慮は入り口に、中身は本物を。この切り分けができるかどうかです」(同)
「楽しむ場」は、結果として人を支える
楽しみや役割が健康と無関係ではないことは、研究からも示唆されている。日本老年学的評価研究(JAGES)のデータで、65歳以上の約1万3000人を4年間追った分析(2014年発表)がある。地域の組織に参加していない人と比べ、1種類参加している人の要介護認定のリスクは0.83倍、3種類以上では0.57倍だった。組織の種類別では、スポーツの会(0.64倍)や趣味の会(0.75倍)で関連が目立った。
ただし、これは観察研究である。参加すれば要介護にならない、という因果関係まで示したものではない。元気な人ほど参加しやすい、という逆向きの関係も当然あり得る。それを差し引いても、「楽しむ場」をつくることが介護予防の受け皿にもなりうることをうかがわせる。医療・介護費への影響も含め、事業としての効果をどう検証するかは、これからの課題だ。
先を見ると、条件は変わっていく。団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)は、2030年代後半に65歳を迎える。家庭用ゲーム機やパソコン、インターネットに若いころから触れてきた世代だ。マタギスナイパーズが最初に用意したような「パソコン教室」の段階は、いずれ要らなくなる。そのとき問われるのは、年齢ではなく老眼や聴力、持久力といった身体の変化に、機器やルールをどう合わせるかだろう。ここには、ハードウェアや会場運営を含めた新しい商品開発の余地もある。
「高齢者向けの施策は、これまでどうしても『問題を減らす』ことで評価されてきました。これからは、参加した人がどれだけ楽しんだか、誰とつながったかも測っていく必要があります。そこが示せれば、企業も自治体も投資しやすくなるはずです」(同)
シニアを「縮む社会のコスト」とだけ見るのか、「かつてない規模の余暇を持つ生活者」とも見るのか。守るサービスの価値はこれからも変わらない。その隣に、熱中できる場所をどれだけ用意できるか。「課題先進国」と呼ばれてきた日本が、長寿を楽しめる社会の形を示せるかどうかは、そこにかかっている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=内山直/データサイエンティスト)
【主な参照データ・出典】
総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者―「敬老の日」にちなんで―」(統計トピックスNo.149、2026年9月20日)。人口は2026年9月15日現在の推計(要約PDF)
厚生労働省「令和7年簡易生命表の概況 主な年齢の平均余命」
GAME Watch「平均年齢67歳のプロチーム「マタギスナイパーズ」が東京ゲームショウに参戦!【TGS2026】」(2026年9月18日)
株式会社ECC「ECCシニアプロジェクト始動」(2026年9月18日)
株式会社オースタンス「シニア向けイベント66回を独自分析」(PR TIMES、2026年10月29日)、趣味人倶楽部(会員数42万人と表記)
総務省「令和7年通信利用動向調査の結果」(2026年5月29日、別紙2)
Kanamori S, et al. “Social Participation and the Prevention of Functional Disability in Older Japanese: The JAGES Cohort Study” PLOS ONE, 2014(分析対象12,951人、4年追跡)










