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労災の3割が60歳以上…アシストスーツは熟練工の現役期間を延ばせるか

2026.10.17 05:55 2026.10.16 22:11 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松本祐樹/人事・労務コンサルタント

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●この記事のポイント
2025年の休業4日以上の労災死傷者13万5333人のうち、60歳以上は31.3%を占めた。2026年4月には、高年齢者の労災防止が事業者の努力義務になった。農研機構の試算で椎間板への負担を最大約48%減らしたアシストスーツの効果検証、遠隔操作の重機、体調を見守るウェアラブル、導入時の3つの壁と補助金までを、公的統計と研究から整理する。

「重い物は若い人に任せる」。物流倉庫や工場で長く通ってきたこの線引きが、揺らぎ始めている。

 総務省統計局によると、2025年の65歳以上の就業者は943万人。22年連続で増え、就業者全体の13.8%を占めた。働く人のおよそ7人に1人が65歳以上という計算になる。一方、リクルートワークス研究所は、2030年に約341万人、2040年に約1100万人の労働供給が不足すると試算している。製造現場を含む「生産工程」だけでも、2040年の不足は112.4万人にのぼる。

 人が足りないだけではない。段取りや品質の勘所を握っているのは、往々にしてベテランだ。体力を理由に彼らが現場を離れれば、失われるのは頭数以上のものになる。

 本稿では、アシストスーツなどで身体の負担を補う「身体拡張(オーグメンテーション)」について、公的統計と学術研究をもとに現状を整理する。何がすでに確かめられていて、何がまだ途上なのか。その線引きもあわせて示したい。

●目次

 

数字が示す現場の負担と、自動化の「届かない範囲」

 厚生労働省が2026年5月に公表した2025年の労働災害統計では、休業4日以上の死傷者は13万5333人。このうち60歳以上が4万2318人と、3割超(31.3%)を占めた。75歳以上に限っても、すでに5000人を超えている。

 事故の型で見ると、最多は「転倒」の3万7195人。腰痛などを含む「動作の反動・無理な動作」が2万2166人でこれに続く。労働者健康安全機構は、休業4日以上の業務上疾病のうち6割以上を腰痛が占めるとしている。重量物の持ち上げや中腰での作業が、いまも現場の大きな負担であることに変わりはない。

 制度も動いた。2026年4月の改正労働安全衛生法の施行で、高年齢者の労働災害を防ぐ措置が事業者の努力義務となった。これまでの「エイジフレンドリーガイドライン」は、法に基づく「高年齢者の労働災害防止のための指針」に引き継がれている。

 では、人が担う作業そのものを機械に置き換えれば済むのか。大量・定型の工程ならそれが正解になる。だが、荷姿が日ごとに変わる倉庫や、多品種少量の組立てでは、例外処理のたびに人の判断が要る。

「全自動化は、工程が固まっていて初めて元が取れる投資です。不定形の荷物や、毎日違う段取りが残る現場では、判断は人が担い、力のいる部分だけを機器が担う。この分担のほうが現実的な場面は少なくありません」(人事・労務コンサルタント・松本祐樹氏)

 人が判断し、機器が力を足す。いわゆる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方が、身体拡張の出発点にある。

アシストスーツは「どれだけ効く」のか

 効果の測り方は、ここ数年でずいぶん精密になった。

 農研機構は2026年5月、スーツが実際に出す力(トルク)の計測と、体にかかる負荷を計算する生体力学モデルを組み合わせた評価法を発表した。市販の腰補助用スーツで、30kgの収穫コンテナを持ち上げる動作を想定して試算したところ、腰の椅間板にかかる圧縮力は最大で約48%減った。繰り返し作業では、時間がたつほど腰の疲労がたまりにくくなる傾向も示されている。

 海外の知見もおおむね同じ方向を向く。産業用外骨格の研究を整理した2016年のレビュー論文(de Loozeら、学術誌『Ergonomics』)は、持ち上げや前かがみ姿勢の保持で、背部の筋活動が10〜40%減るという報告をまとめている。

 ただし、数字の読み方には注意がいる。こうした測定の多くは、動作を単純にした実験室での結果だ。腰痛そのものや休業日数がどれだけ減るのか。この問いに答える長期の現場データは、まだ十分にはそろっていない。

「筋活動が下がることと、労災が減ることは、分けて考える必要があります。前者は測れますが、後者を確かめるには、作業内容をそろえた比較を数年単位で続けるしかありません。導入する企業こそ、その記録を残してほしい」(同)

 製品は大きく2系統に分かれる。モーターで力を出す「アクティブ型」と、バネやゴム、空気圧の人工筋肉などを使う「パッシブ型」だ。アクティブ型は補助力を制御しやすい。その反面、重量や充電の手間がついて回る。パッシブ型は軽く安価で、一日中着ける用途に向く。どちらが優れているかではなく、「どの作業の、どの関節を助けるか」で選ぶ時代に入ったといえる。

 規格の整備も進む。生活支援ロボットの安全規格ISO 13482は日本が主導して策定したものだ。腰補助用スーツの性能試験には、JIS B 8456-1がある。「効くらしい」から「この作業ならこれだけ効く」へ。そんな比較が、ようやくできるようになってきた。

筋力の次は「目」と「体調」を補う

 年齢を重ねて変わるのは、筋力だけではない。手元の小さな文字が読みづらくなる。暑さや疲れに、自分では気づきにくくなる。身体拡張の対象は、こうした感覚や認知の領域にも広がりつつある。

 ひとつは、スマートグラスなどの視覚支援だ。ピッキングの棚番や作業手順を視界に重ねて示せば、伝票を持ち替える手間が減る。細かい文字を読む負担も軽くなる。ただ、画面を見続けることによる疲れや、足元への注意がそれるリスクもある。転倒が労災の最多である以上、表示の量を絞る設計が欠かせない。

 もうひとつは、「その場にいなくても力を出せる」仕組みだ。JR西日本は2024年7月、人型ロボットを搭載した「多機能鉄道重機」の使用を始めた。操縦者は運転室からロボットを操り、高さ最大12mで、40kgまでの物を扱う。同社は、作業に必要な人員の約3割削減とともに、性別や年齢を問わず高所の重作業を担えるようになることを見込んでいる。力の手応えを操作者に返す「力触覚(ハプティクス)」の研究が進めば、壊れやすい物をそっとつかむような繊細な作業にも、この発想が広がっていくだろう。

 3つ目が、ウェアラブル端末による体調の見守りだ。心拍や体温などの変化から、暑さや疲労のリスクを推定する。追い風は制度の側から吹いている。2025年6月の改正労働安全衛生規則の施行で、一定の暑熱環境での作業では、熱中症のおそれがある作業者を早く見つける体制づくりが事業者の義務になった。

「センサーが出すのはあくまで『気づきのきっかけ』です。数値だけで作業を止めたり、人を評価したりすると、現場は着けるのを嫌がります。何のために測り、誰が見て、どう動くのか。そこを先に決めておくことが大事です」(同)

「売って終わり」ではないビジネスへ

 身体拡張の市場は、機器を売るだけの商売から形を変えつつある。方向性は大きく3つだ。

 1つ目は、サービス型の提供だ。レンタルや月額制に、保守や交換、使い方の指導を組み合わせる。導入する側にとっては、初期費用を抑え、合わなければ別の機種に替えられるのが利点になる。「どの作業にどの製品が合うか」が事前に読みにくい以上、試しながら選べる契約の形には合理性がある。

 2つ目は、保険との接続だ。労災保険にはもともと「メリット制」がある。一定規模以上の事業では、労災の発生状況に応じて保険料率が上下する仕組みだ。将来は民間の上乗せ保険などで、装着率や体調データを安全対策の「実績」として評価する商品が出てくる可能性はある。ただし現時点では、一般的な仕組みとして確立しているわけではない。

 3つ目は、熟練技能のデータ化だ。ベテランの姿勢や視線、力の入れ方を記録し、若手の教育や作業標準の見直しに生かす。アシスト機器やセンサーは、そのまま記録の入り口にもなる。言葉にしにくい「勘」を、本人が現役のうちに残せる。そこに価値がある。

「体のデータは、本人にとって非常にセンシティブな情報です。利用目的をあらかじめ示し、人事評価には使わないと約束する。そうしたルールを先に作らないと、データビジネスは現場の信頼を失います」(同)

導入でつまずく3つの壁

 機器を買うのは簡単だ。難しいのは、半年後も使われている状態をつくることの方だ。

①心理的な抵抗 「年寄りだから着せられている」と受け取られると、機器はロッカーにしまわれる。年齢ではなく作業で対象者を決め、若手も含めて全員が使う保護具として位置づける。この方が定着しやすい。作業服になじむ外観や、蒸れにくい素材といった地味な改良も効いてくる。

②着脱と運用の手間 作業の合間に着け外しできなければ、使われなくなる。どの工程で着け、どこで外すのか。置き場、充電、サイズ合わせ、汗の手入れまで含めて、最初に運用ルールを決めておきたい。

③投資対効果の説明 効果は、休業による欠員や代替要員のコスト、採用・育成の費用、熟練者が抱える技能の価値に分散して現れる。単年度の機器代と比べれば、割高に見えて当然だ。導入前から作業ごとの負担と休業の実績を記録し、数年単位で比べられる形にしておく。それが前提になる。

 費用面では、公的な支援もある。令和8年度の「エイジフレンドリー補助金」は、60歳以上を常時雇用する中小企業などを対象に、腰痛予防などの機器導入を支援する。上限は100万円で、申請は2026年10月31日まで(予算に達し次第終了)だ。

「いきなり全社に入れるより、腰の負担が最も大きい工程をひとつ選んで試す方がいい。そこで使う人の声を拾い、選び直す。その繰り返しが、結局は一番の近道です」(同)

人を置き換えるのではなく、持ち場を広げる

 身体拡張は、老いを消す技術ではない。負担の大きい部分を機器に預け、人には判断と技能を残す。その分担を引き直す道具だ。

 効果の測り方が整い、法制度も高年齢者の安全を事業者の努めとして位置づけた。一方で、労災や離職をどれだけ減らせるかという問いには、まだ現場の積み重ねが足りない。その答えを出すのは、研究機関だけではなく、導入して記録を残す企業自身でもある。

 あなたの現場では、「もう年だから」という一言で、どれだけの技能が静かに失われているだろうか。それを数えるところから、検討は始められる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松本祐樹/人事・労務コンサルタント)

【主な参照データ・出典】
厚生労働省「令和7年の労働災害発生状況を公表」(2026年5月27日)
総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者」Ⅱ 高齢者の就業(2026年9月)
厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針」について(公示、2026年2月10日)
農研機構「アシストスーツの「効き具合」を見える化」(2026年5月19日)
JR西日本「鉄道設備メンテナンスに多機能鉄道重機を使用開始」(2024年6月27日)
厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」(令和7年6月1日施行)
イノフィス「パワーアシストスーツ導入に活用できる補助金・助成金情報」(令和8年度エイジフレンドリー補助金の概要。厚労省の公募要領で最終確認のこと)

BusinessJournal編集部

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公開:2026.10.17 05:55