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長時間残業&残業代ゼロ促進法案成立の公算 企業の残業代支払い義務消滅か

文=溝上憲文/労働ジャーナリスト
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長時間残業&残業代ゼロ促進法案成立の公算 企業の残業代支払い義務消滅かの画像1厚生労働省が所在する中央合同庁舎5号館(「Wikipedia」より/BlackRiver)
残業代ゼロ」制度の原案が1月16日、厚生労働省の審議会で公表された。同制度は一定のホワイトカラー労働者を対象に、法律で定めている休憩・休息時間の付与、深夜労働、日曜・祝日労働などに関する労働時間規制の適用を外そうというものだ。そうなると、時間外の割増賃金すなわち「残業代」の支払い義務も消滅することになる。実現すれば、労働者を保護する最低基準を定めた労働基準法が制定された1947年以来の大改正となる。

 第1次安倍晋三政権下で導入が議論され、世論の反対で廃案になった。だが、第2次安倍政権下で今度は成長戦略の労働改革の目玉として、装いを変えて再浮上した、いわば安倍首相にとってはリベンジの産物だ。昨年12月の衆院総選挙で与党が圧勝し、制度導入を阻む障害がなくなり、法案成立は必至の情勢だ。

 新制度の名称は「特定高度専門業務・成果型労働制」、通称「高度プロフェッショナル労働制」と呼ばれる。制度の骨子は以下の通りである。

(1)対象業務は、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等

(2)年収基準は1075万円以上

(3)希望しない人には適用しない

(4)健康確保措置として企業労使は次の3つのいずれかを選択する

・終業から始業まで一定の休息時間を与える
・1カ月の労働時間の上限を設定する
・4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与える

 一見すると、ほとんどの人は「自分の仕事は対象業務ではないし、年収も高くないので関係ない」と思うだろう。だが、それは大きな間違いだ。実は(1)と(2)は法律に明記されることはなく、「省令」で規定することになっている。法律に書き込むと、内容を変えるにはその都度、法改正が必要になり、与野党の国会審議を経なければならない。しかし、法律より格下の省令は国会審議を経ることなく、政府の意向で変更できるのである。

 例えば対象業務については法律では「高度の専門的知識等を要する」「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった文言だけが入ることを想定している。何をもって「高度の専門的知識」とするかも曖昧だ。ということは省令で決めることになる具体的業務は、上記の業務以外に広がる可能性があるということだ。

年収基準引き下げの可能性も

 もちろん年収基準の1075万円も引き下げられる可能性がある。安倍首相自身も、下がる可能性を否定してはいない。昨年6月16日の衆議院決算行政監視委員会で、安倍首相は民主党の山井和則議員の質問に対し、こう答弁している。

山井議員「5年後、10年後も(賃金要件が)1000万円から下がらないということですか」

安倍首相「経済というのは生き物ですから、全体の賃金水準、物価水準、これはわからないわけですよ。(中略)現在の段階における賃金の全体的な状況からすれば、今の段階で1000万円とすれば、800万円、600万円、400万円の人は当然入らないのは明確であります。今後については3原則に則ってしっかりと進めていくということであります」

 安倍首相がいう3原則とは、骨子にもある「希望しない人には、適用しない」「職務の範囲が明確で高い職業能力を持つ人材に、対象を絞り込む」に加えて「働き方の選択によって賃金が減ることのないように適正な処遇を確保する」という3つだ。山井議員はこの発言をとらえて、さらにこう問いただしている。

山井議員「3原則の中に年収要件は入っておりませんから、800万円、600万円に下がる可能性は否定されないということでいいですか」

安倍首相「希望しない人には適用しない、対象は職務の範囲が明確で高い職業能力を持つ人材に限定していることにポイントがある。その中において、我々は1000万円という額をお示ししているわけであります。今後においては全体の賃金水準を勘案しながら、決まっていくことになると思います」

 つまり、「高い職業能力を持つ人材」という対象がまずありきで、年収基準については「経済情勢の変化次第」という含みを持たせつつ、年収要件が下がる可能性があることを示唆しているのだ。今回の「1075万円」という年収基準を省令で定めることにしたのも、そういう理由からだと推測できる。政府の思惑としては最初のバーは1075万円と高く設定するが、徐々に引き下げていく狙いがあることは間違いないだろう。

経営者に労働時間の「支配権」を完全に委ねる

 もう一つ「希望しない人には適用しない」という制限も設けられている。だが、日本の企業社会で上司に「あなたは来期から新制度の対象になりますが、いいですね」と言われて「嫌です」と拒否できる人がどのくらいいるだろうか。サービス残業代ですらも上司に申告するのに躊躇する人が多い中で、法的な歯止めとして有効に機能するとは思えない。

 新制度の導入で労働時間規制を撤廃するというのは、残業代がなくなるだけで済む話ではない。今まで以上に長時間労働を強いられても、誰も文句が言えなくなる。言い方を変えれば、経営者に労働時間の「支配権」を完全に委ねるということになる。

 新制度では、上記にあるように一応健康確保措置を設けている。しかし、おそらく多くの企業が選択するのは(4)の4週間4日、年間104日以上の休日の付与を選択することになるだろう。なぜなら現在の年間休日総数の1企業平均は105.8日、労働者1人平均は112.9日(13年、厚労省調査)であり、最もクリアしやすい基準だからだ。

 経営者は善人ばかりではない。「納期に間に合わないから」「目標未達だから」など会社の都合でいろいろ理由をつけて遅くまで働かせる経営者も出てくるだろう。新制度が長時間労働の促進につながる可能性もある。
(文=溝上憲文/労働ジャーナリスト)

溝上憲文/人事ジャーナリスト

溝上憲文/人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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