なぜ電通は、頑なに違法な長時間労働をやめないのか?「電通の強さ」と不可分な関係
電通が違法な長時間労働を続けていたことがニュースになっています。2015年の電通新入社員過労死事件、記憶に新しい方も多いと思います。政府が進めている働き方改革を加速したともいわれるこの事件を受けて、電通は行政指導を受けました。さらに当時の社長が引責辞任するという痛手も負っています。電通は改善に向けた努力をしているはずでした。
しかし、電通では今日まで違法な長時間労働が続いていたことが明らかになりました。厚生労働大臣が「企業文化を変えなければ、働き方は変わらない」と述べるなど、異例の事態になっています。
法律に反する行為はもちろんいけないことで、改善しなければなりません。しかし、企業文化は、企業がそのビジネスモデルのなかで業績を上げるだけでなく、従業員がイキイキと働くために醸成してきたものです。そのすべてを変えることは、電通という企業のキラキラ輝く側面を破壊してしまうことになります。
電通は、「Good Innovation」をスローガンに日本の広告文化を牽引してきたリーディングカンパニーです。あまり目立たないところでも、私たちの暮らしを支えている企業です。法律違反は正すべきですが、電通の良いところまで変えてしまうのも日本の損失です。
では、どうすれば電通の良いところを残して法を遵守することができるのでしょうか? ここでは、企業文化と危機管理の心理学をキーワードに考えてみましょう。
企業文化とビジネスモデルのマッチング
文化にはいろいろな意味がありますが、その一つは「何が評価され、何が嫌がられるか」といった価値体系です。筆者は『なぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?』(海老原嗣生/東洋経済新報社)を参考に、企業文化を「挑戦-共存」「行動-アイディア」「情熱-合理性」の3次元で分類しています(『キャリア心理学ライフデザイン・ワークブック』<ナカニシヤ出版>)。
この分類では電通のビジネスモデルである広告業界は、
(1)業界への挑戦や競争よりも、同業他社や取引先との「共存」を大事にし、
(2)むやみに営業を仕掛ける行動よりも、みんながワクワクするような斬新なアイディアを大事にし、
(3)合理的に利益を追求するよりも、関わる人たちがノリノリで取り組める情熱を大事にする
文化であると考えられます(以下図参照)。
おそらく、真逆になると考えられるのは、同業他社への挑戦や競争が相対的に多く、足繁くステークホルダーに働きかける行動力が評価され、ノリノリで取り組むよりも合理的に企業と顧客双方の利益を追求する業界、たとえば保険業界が考えられるでしょう。
このような文化は、ビジネスモデルとのマッチングのなかで熟成されるものです。むやみに変えてしまうと、ビジネスモデルと合わなくなって企業は活力を失うことでしょう。
広告業界の文化のなかでもワクワクやノリノリを大事にすると、楽観的な風土が生まれやすくなります。ときにそれが過剰になると、集団力学による「同調」の効果で、「ちょっとくらいいいよね~」という雰囲気が生まれやすくなるわけです。
組織は、その風土に合う人が残って、雰囲気をさらに強化していくものです。風土が合わない人が入っても、それに逆らうのは難しくなります。また、特に仕事が魅力的で楽しいと「ちょっとくらい残業しすぎてもいいよね~」という感覚が、組織を支配してしまいます。仕事が楽しいことは良いことなのですが、このような雰囲気のなかでは、仕事を楽しみきれずに辛くなっている人も、違法な長時間労働を強いられることになります。第2の過労死が起こらないように対策を立てたいですね。
多数派同調バイアス
では、このようなワクワクやノリノリの良いところを残しつつ、違法な長時間労働をなくすにはどうしたらよいのでしょうか?
キーワードは危機管理の心理学でよく議論される「多数派同調バイアス」です。多数派同調バイアスとは「みんな、こうしているから大丈夫」という心理です。みんなが当たり前のようにリスキーな行いをしていると、その行為のリスクがわからなくなってしまうのです。一人になれば「ヤバい」とわかることが、集団力学のなかで麻痺してしまうのです。
私は心理学者として多数派同調バイアスを「違法残業をやめないとヤバい」という方向に活用することで、長時間労働の文化を変えることをオススメします。そのために、広告のもう一つの文化、「共存」を活用しましょう。
共存するべきパートナーに、労働局や労働基準監督署も含めて考えれば良いのです。私の勝手な空想ですが、電通が労働局や労基署と密に仲良くしているイメージが湧きません。もしかしたら、労働局や労基署の業界文化は電通の企業文化とは反りが合わないのかもしれません。
ですが、違法行為を繰り返していては、せっかく培った電通の良い文化も悪いものにされてしまいます。労働局や労基署を共存するべき関連企業の一つと位置づけることで、電通の良い文化がさらに活かされてますます輝くことを願っています。たとえば「長時間労働対策」の広告で協働することから始めてはいかがでしょうか。今後が楽しみです。
(文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士)