公共空間での香りをめぐる議論が盛んだ。東急電鉄では、昨年2月から東急線の全シースルー改札口、渋谷ちかみち総合インフォメーション、渋谷駅観光案内所など17駅の23カ所にアロマディフューザー(アロマ発生器)を設置し、天然アロマによる香りの空間演出を実施した。
これに対し、日本消費者連盟が「『アロマ空間演出』で化学物質過敏症の人などに被害が出た場合、どうされますか。具体的な対処方法をお聞かせください」などの公開質問状を出し、中止要請をした。ほかにも一般乗客などからも批判を受け東急電鉄は、「不快に思われる方がいるならやむを得ない」などとして同年9月に中止した。
また、埼玉県熊谷市でも昨年の夏に市役所本庁舎と市立熊谷図書館の1階出入り口付近に、暑さによる不快感を和らげるために試験的にアロマディフューザーを設置。「暑さが和らぐ」などと好意的な意見も少なくなかったようだが、否定的な声も一部にあったため、今年は実施しないようだ。
認知度が低い化学物質過敏症
もっとも新しい事例は、名鉄バスが昨年11月から夜行バスの乗客にリラックスしてもらおうと始めた「香りバス」だ。車両の出入り口付近にアロマディフューザーを設置し、ドアの開閉と同時に香りが発生する仕組みで、名古屋―福岡線など3路線で走らせている。
しかし2月14日、この香りバスに「化学物質過敏症あいちRe(リ)の会」が名鉄バスに対して、見直しを求める質問書を提出した。「化学物質過敏症の患者ら、香料で健康被害を起こす人もいる」「夜行バスは代替手段がなく、特定の人たちが排除される」などと訴えた。
これに対して名鉄バスは2月28日に名鉄バスの担当者が「化学物質過敏症 あいちReの会」に電話で回答している。以下、同会がブログ(http://blog.canpan.info/aichirenokai/)で公開しているを一部抜粋する。
(質問1)車内での体調不良時の対応について
提供された香りによりアナフィラキシーや体調悪化をきたした場合の対応について、どのような準備をされていますか。
《回答1》どのような体調不良かにかかわらず、体調を崩されたお客様がいらっしゃる場合は、最寄りのサービスエリアで停車して救急車を手配するなど、対応するよう乗務員に指導しております。
(質問2)室内環境汚染について
バス内の空気汚染の対策を教えてください。
《回答2》車内にはプラズマクラスターイオン発生器を設置しており、また空調は抗菌消臭仕様としております。
(質問3)運転手への影響について
運転手に香料不耐が無いことを確認されていますか。
《回答3》一切申告はありません。
(質問4)香りが作業効率に及ぼす影響やリラックス効果は、香料で健康被害を起こしにくい人における効果であり、全ての人にあてはまるものではないことを理解していらっしゃいますか。
《回答4》はい。
(質問5)香料の影響で乗車が困難になる人への配慮について
【a】公共交通機関における一方的な香りの提供は、特定の疾患や体質を持つ人が乗車することを不能とします。特に貴社の深夜高速バスは同一条件で代替手段がありません。こういう状況での、このようなサービスは特定の人たちの排除につながりませんか。
《回答a》交通機関としては夜間高速バス以外にも新幹線・飛行機があり、代替手段がないとは考えておりませんが、ご意見として承ります。
【b】将来的に座席毎に香りを提供するとのことですが、隣同士の乗客の香りの影響を考慮されていますか。
《回答b》座席毎の香り発生は今後の目標として挙げた例であります。開発していくこととなった際のご意見として承ります。
【c】もし、このアロマサービスを継続する場合ですが、どのような香りを使用するか予約サイトや名鉄バスホームページで利用者が確認できるようにしていただけるでしょうか。また予約時にアロマで体調悪化の可能性があることをお伝えすれば、当日その車両のアロマ使用をやめていただく等の対応をしていただけますでしょうか。そして、その予約者のシートなどは消臭剤等を使わないで拭き掃除するなどの対応を取っていただけますでしょうか。
《回答c》継続することとなった際のご意見として承ります。(注:現在は実証実施中)
(質問6)香料のメーカーや製品について
乗客向けと運転手向けの、噴霧された香料の種類・成分組成とメーカー名、また今後、噴霧予定の香料の種類・成分組成とメーカー名それぞれを全て詳しく教えてください。
《回答6》現在使用しているのはアットアロマ社製『D09コンフォートリラックス』、原料は、ローズアブソリュート、ラベンダー、スパイクラベンダー、ゼラニウム、ロサリナ。実証実施中は香りの変更はありません。
(質問7)改善方法の提案
心地良い空間を作るためであるならば、有害性があり健康被害者の存在する香料ではなく、香料噴霧機能のない空気清浄機を活用する、あるいは車内の丁寧な清掃での対応が望ましいとは考えられないでしょうか。
《回答7》空気清浄機及び車内清掃についてはすでに取り組んでおります。
引用以上。
先行する公共空間での香りアンケートは誠実か?
驚くべきことに将来的には座席ごとに香りを提供する可能性もあるようだ。実は名鉄バスが、質問6で回答しているアットアロマ社は2008年に次のような調査データを公表している。
インターネットリサーチ「空間における『香り』に関する消費者の意識調査」(2008/10/22~2008/10/27)は、関東(1都3県)、関西(2府4県)在住 20~59歳 男女400名 に対して行われたもので、商業施設での香りが消費者行動にどのように影響するか調査したとしている。
この結果、86.3%の人が「商業施設でいい香りがした場合、香りがなかった場合に比べて、そのお店に対して好意的な印象を持つ」ことが明らかとなったとしている。またいい香りがした場合、「そのお店にまた行ってみたい」と思う人は 70.3%、「より長くそのお店にいたい」と思う人は 69.5%と、いずれも高い数値で、いい香りによって「商品を購入したい(サービスを受けたい)」と思う人も 53.3%と半数以上で、香りが消費者行動に少なからず影響を与えていることがわかったとした。
これに類似したようないくつかの調査を受け、多くの商業施設や公共空間などでアロマディフューザーの導入が進められてきたのは想像に難くない。ネットでの400人程度のアンケート調査で化学物質過敏症の人への配慮の問題が浮かび上がるとも思えないが、調査をした会社も、この結果を利用した側もそうした視点がまったくかけていたのではないか。
名鉄バスに取材したある新聞記者に対して、担当者は「現在、試験的に実施中。化学物質過敏症の乗客がいらっしゃいますかと乗車時にたずねて、いれば実施しないことにしているが、現在までに『私は過敏症だからやめて』といわれたことはない、患者団体以外からのクレームはまったくない」と答えている。だが、クレームがあったことを慎重に検討すべきではないのか。
化学物質過敏症は、2009年に厚生労働省によってレセプト(診療報酬明細書)に記載できる病名リストに登録された。化学物質過敏症で苦しむ人は、全国で100万人を超えるといわれている。「個人のわがままだ」などとする意見がネット上などで出がちな問題だが、誰にでも発症の可能性のあるこの疾患に対して、きちんとした議論に発展することを期待したい。
(文=ヘルスプレス編集部)