私たちは毎日、“3分の1”を眠ることに費やしている――。いや、費やすことが理想だが、実際には満足に眠れていない人が多い。また、日本人の5人に1人が睡眠になんらかの問題を抱えているといわれている。
そして、日本大学医学部精神神経医学教授の内山真医師が発表したデータによると、睡眠に関連する経済損失は3兆5000億円に上るという。
経済損失のなかには医療費の増大も含まれているが、病気と睡眠不足との関連は次々と明らかになっている。たとえば、アルツハイマー病、がん、糖尿病、精神疾患などは、睡眠障害との関連性が論文で発表された。そして、腰痛に関しても睡眠不足(障害)との関連性が報告されている。
「睡眠」がギックリ腰や慢性腰痛に影響を
たとえば、ギックリ腰に代表される急性腰痛――。
2014年に発表された論文「Poor sleep quality is strongly associated with subsequent pain intensity in patients with acute low back pain.」によると、1246名に対して「睡眠」と「腰痛」の強さの関係性を調査した結果、「睡眠の質の低下と腰痛の強さは相関する」ことがわかった。
また、慢性腰痛に関する報告もある。2017年に発表された「Persistent and developing sleep problems: a prospective cohort study on the relationship to poor outcome in patients attending a pain clinic with chronic low back pain.」では、3カ月以上続く腰痛(慢性腰痛)患者682名に対して、睡眠の質と腰痛の改善度を半年かけて調査した。
その結果、睡眠不足や障害があると慢性腰痛が治らず、睡眠がきちんととれていると腰痛は改善傾向にあることが判明した。睡眠と腰痛の回復具合は関連していることが示唆されたのだ。
さらに2014年の研究「The bidirectional relationship between pain intensity and sleep disturbance/quality in patients with low back pain(腰痛患者における疼痛強度と睡眠障害/質との双方向関係)」では、腰痛と睡眠障害はどちらの方向にも関係があることが報告された。
つまり、「睡眠障害が腰痛をより悪化させ」、逆に「腰痛の持続が睡眠障害を引き起こす」というもの。ただし、この研究は1週間という短期間なので、より長期的な調査が必要だろう。
睡眠不足が「痛み」を敏感にさせる
これらのことから、睡眠の不足や障害が腰痛に影響していることは間違いなさそうだ。さらに、生活習慣病やがんにまで影響するのだから、睡眠の重要性を改めて認識したい。
では、なぜ睡眠不足が生じると腰痛の回復が遅れたり、腰痛が悪化したりするのか。実は、まだその因果関係のすべては解明されていない。
ただし、2015年の論文によると、睡眠不足から「免疫機能」の乱れが生じて、痛みの閾値(しきいち)が下がったり(今まで感じなかったわずかな刺激で痛みを感じる=痛みに敏感になる)、炎症が治りづらくなったりするからではないかと推測されている。
眠れないのは「動いていない」から
私が勤務する病院でも、よく眠れない患者はたくさんいる。特に高齢者だ。
その理由はさまざまだが、ひとつは「動いていない」からだ。動いていないから疲れないし、眠くもならないという悪循環に陥っている。その理由は、腰痛があって動きたくないというケースもある。単純に日中の活動量が少ないという場合もある。
動けないほどの腰痛であれば、通院もできないだろう。そのような人には、腰痛が悪化しない程度になるべく動くように指導する。また、病院での理学療法も受け身ではなく、自ら動く運動療法を処方する。
もちろん、前述の「腰痛と睡眠の関係性」を説明し、良質な睡眠には、日中の活動量を確保して適度な疲労が効果的であることを伝える。
眠りの悩みを解決することで、腰痛の悪循環を断ち切ることも可能だ。また、良質な睡眠によって、腰痛改善以外に、生活の質もアップするはずだ。
(文=三木貴弘)