ところが喫茶ランドリーでは、家の中に隠されていた仕事がみんなの前で公然と行われる。ガラス越しに外からだって見える。それによって、家事が、八百屋や魚屋やクリーニング屋やカフェのように、外から見える仕事になる。そして仕事が外から見える街は、街として生き生きとする。
そういう意味では、okatteにしおぎや喫茶ランドリーは、都市の実験でもある。
4.小さな経済圏
もうひとつ本書の事例で面白いのは、結婚したカップル2組とあと数名が一緒に住むシェアハウスだ。しかも1組はもうすぐ子どもができるが、子どもができてもシェアハウスに一緒に住むという。あと1組のカップルも子どもができたら、そのまま住むというのだ。結婚した夫婦とその子どもだけで構成される核家族とは対極の「家族」のかたちである。「親以外の複数の大人たちに囲まれて子どもが育つとどうなるのか、楽しみだ。子どもが2人になったら、血のつながっていない子ども2人の子ども部屋をつくりたい」とシェアハウスを運営する女性は言う。
さらにこのシェアハウスでは、管理栄養士の女性も住んでいて、たいへんにおいしい料理をつくる。彼女がシェアメイトのために食事をつくったときは、その代金を家賃から差し引く。カメラマンもいるので、写真を撮ってもらう仕事を発注したときも、家賃から差し引く。雑貨をみんなでつくって売ることもある。シェアメイトの実家の農家から食べ物が送られてきて、それも家賃から差し引かれたり、その農家に別のシェアメイトが農作業を手伝いに行くこともある。
つまり、このシェアハウスは、単に一緒に住む場所、家賃を払うという意味で消費する場所ではないのだ。むしろここは、生産・労働する場所でもあり、生産・労働が相互につながる場所でもあって、ひとつの小さな経済圏としてお金と人間関係が循環するような仕組みになっているのである。
その他にも本書では、郊外のニュータウンでの新しい試み、都心の古いビルを活用した「現代の長屋」ともいうべき新しい試みなどを数多く紹介している。そのいずれもが、上記のような生活実験や小さな経済圏という特徴を持っている。消費社会が爛熟したバブル時代から30年、平成時代が生み出したものはまさに、単なる消費社会とは対極の、小さな経済圏をつくるための実験という現象だったのだ。
グローバリゼーションによって世界中が均質になり、ますます自分の生活の背景が見えにくくなっている時代だからこそ、自分が実感を持って生きられる場所をつくり出すことが求められているともいえるだろう。
(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)