今年、キノコ狩りによる高齢者の遭難が相次いでいますが、なぜ私たちは遭難のリスクを冒してまでキノコを収穫しようとするのでしょうか。それは、キノコには健康を増進させる作用があることを本能的に知っているからです。
食材としてのキノコに対する多くの人のイメージは、「低カロリーだけど、別に食べても食べなくても困らない食材」、あるいは「食感にメリハリをつけるために入れる食材」くらいのものだと思います。しかし、キノコが古くから生薬としても用いられてきたことに着目し、キノコがつくり出す化学物質のなかにがん患者やアルツハイマー病患者の治療薬の元となる物質を見つけ出す研究が積極的に進められています。
アメリカ・ペンシルベニア州立大学の研究では、キノコの中に発見されたエルゴチオネインやグルタチオンといった化学物質に、加齢に伴う各種の病気を予防できる可能性があることが見いだされました。それらの物質を元にさらに研究を進め、心臓病などの治療薬が誕生する可能性が高まっています。
日本人の好むキノコの代表といえばマイタケですが、マイタケにも血糖値を下げ、免疫を高める作用があることが知られています。マイタケは世界中の温帯地域に分布し、ナラやカシなどのブナ科樹木に寄生します。
私たちはマイタケをおいしい初冬の食材の代表として楽しんでいますが、マイタケは樹木を腐らせて劣化させる木材腐朽菌なので、寄生される樹木にとっては大敵です。マイタケをせっせと食べる私たちと豊かなブナの森を提供してくれる樹木との関係は、お互いにメリットのある共利共生状態ともいえますが、実際に食卓にのぼるマイタケのほとんどは施設で人工栽培されたものです。
より大きくてより甘みの強い天然のマイタケを求めて入山した結果、遭難してしまうケースも見られます。マイタケは森の中でも特定の木に毎年群生する性質があり、マイタケ狩りに山に入る人たちは、そのような“宝の木”を探して深山に分け入ります。そして、もし発見したら誰にも言わずに秘密にして、毎年その樹木に向かい、何十センチもある巨大なマイタケを収穫するそうです。そのようなキノコ狩りの様子を、菌学者で俳人の飴山實は
「きのこ山 きのふの人の 声のこる」
と詠んでいます。
マイタケはうまみが強く、また歯切れも良く、あらゆる調理法でおいしく食べることができ、今の季節は天ぷらの食材として重宝されます。マイタケの名前の由来は、「あまりのおいしさに食べた人が舞を舞うレベルだから」ということです。
マイタケの意外な健康効果とは
さて、マイタケの健康効果についてですが、前述の通り、血糖降下作用や免疫機能を高める作用があります。世の中には「抗酸化作用があるので健康に良い」という物質は多く、サプリメントなどとして市販されていますが、マイタケに含まれるエルゴチオネインの最大の特徴は、私たちの体内にもともとある物質だということです。
『食べ物はこうして血となり肉となる~ちょっと意外な体の中の食物動態~』 野菜を食べると体によい。牛肉を食べると力が出る。食べ物を食べるだけで健康に影響を及ぼし気分にまで作用する。なんの変哲もない食べ物になぜそんなことができるのか? そんな不思議に迫るべく食べ物の体内動態をちょっと覗いてみよう。