先天性心疾患を持つ1歳女児を持つ家族が、海外での心臓移植を希望し、施術費用等の支援を訴えている。その費用は、昨年までは3億5000万円だったが、円安の影響で手術費用が高騰し、現在は5億円が必要となっている。多くのメディアが報じたこともあり、注目が集まっている。
しかしながら、同じように海外での移植手術を望む患者は多く、そのハードルは高いのが現状である。どうすれば、移植を望む患者を助けることができるのだろうか。竹内内科小児科医院院長、五藤良将医師に話を聞いた。
普段は報道されることが少ないが、臓器移植の現状は厳しく、2022年9月末の時点で、臓器移植を希望する10歳未満の子供は国内に43人いるといわれる。一方で、日本国内のドナー(臓器提供者)は海外諸国と比べて圧倒的に少なく、人口100万人当たりでは、患者1人に対してドナーは0.61人と1人に満たない。これに対し、アメリカは日本の60倍以上、イギリスなどヨーロッパでは20~30倍のドナーがいる。
「日本で臓器移植を希望して待機している患者さんは、約1万5000人です。しかし、実際に移植を受けられる患者さんは、年間およそ400人です。こういった状況下で日本人が臓器移植を行うには、海外での手術を選択せざるを得ないのが現状です。また、日本で移植手術を受ける場合、ドナーが見つかるまで心臓移植では3年ほど待つこともありますが、海外では数十日程度で手術を受けることができるケースもあります」
しかし、その海外での移植を実現するには多額の費用が必要であり、実現には困難を極める。
海外で医療を受ける際、医療費は自己負担となり、手術費用は4000万円以上ともいわれる。手術渡航費以外にも、海外での移植のコーディネート料金、現地での家族の滞在費、手術に伴い必要な翻訳・通訳などがある。また、補助人工心臓を装着している患者では、渡航にチャーター機が必要な場合もあり、そうなるとさらに費用が膨らみ、億を超える金額となる。とても個人で用意できるものではない。
海外で支払った医療費の一部は帰国後、申請すれば海外療養費として還付を受けることができるが、それは1000万円程度で、最近ではクラウドファンディングなどで寄付を募る患者も少なくない。
国内移植が普及するために解決すべき課題
日本国内での移植手術が広がることが望まれるが、それには解決すべき問題が多くあるという。
「海外での移植手術は、ドナーが多いことはもちろんですが、日本に比べ移植手術に対する規制が緩やかであるという点で、手術実施までのスピード感が日本国内とは異なります。
また、日本では脳死を家族が受け入れることが簡単ではありません。これは多くの日本人が持つ死生観の問題だと思います。脳死とは、脳の機能が失われ、回復が見込めない状態をいいます。脳死に至ると、脳幹と呼ばれる脳の中枢が働かなくなり、多くの場合、脳死から10日ほどで心臓も止まり、死亡に至ります。
しかし、脳死と判定されても『再び目覚めるのではないか』という希望を持つご家族も少なくありません。これは我々医師が、脳死についての理解を広めていく必要があると思います」
現在、臓器提供の意思表示は、健康保険証、運転免許証、マイナンバーカード、意思表示カード、インターネットによる意思登録で行うことができる。国内での臓器移植を普及させるために我々ができることは、臓器提供によって助かる命があるということを念頭に、まず家族や近しい人と「脳死」や「臓器提供」について話し合う機会を持つことなのではないだろうか。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)