市販薬はドラッグストアで買うという人が多いと思います。自由に薬を手に取ることができますし、質問したいことがあれば薬剤師や医薬品の登録販売者に聞いてから買うことができるからです。そして配送のライムラグなくすぐに手に入れることができるのもポイントです。今ある症状を今すぐ抑えたいという方にとっては、ネット通販ではなくリアルの店舗で買うほうが便利です。
薬局店舗では、厚生労働省が規定している「濫用等の恐れがある医薬品」はお客が簡単に手に取れないようになっており、使用の用途の確認、身分証明書の確認などいくつかの段階を経てからでないと買えないようになっています。かつて「ブロン液」の一気飲みによる多幸感が有名になり、主に咳止めに使われる成分について規制されています。成分としては「エフェドリン」「コデイン(鎮咳去痰薬に限る)」「ジヒドロコデイン(鎮咳去痰薬に限る)」「ブロモバレリル尿素」「プソイドエフェドリン」「メチルエフェドリン(鎮咳去痰薬のうち、内用液剤に限る)」の6種類があります。
コデイン類は「CYP2D6」という酵素によりモルヒネに変換されます。モルヒネといえば有名な麻薬成分です。コデイン類をたくさん飲めば体内の酵素によってどんどんモルヒネに変換され、その効果が出てしまいます。また、エフェドリン類は覚せい剤原料であり、これをたくさん集めて抽出すると覚せい剤ができてしまいます。薬剤師は薬の専門家でありながら、こうした抽出方法を学ぶ機会がないので、闇ルートの人たちのほうが詳しいというのが現実です。規制されているのは主に咳止めとして発売されている医薬品なので、総合感冒薬や鼻炎薬に同じ成分が含まれていても、しれっと買えてしまうというのが現実です。
規制外の成分で起きた事件
「日本救急医学会関東地方会雑誌」(2021年)に掲載された症例報告によると、2017年に17歳の女性が「ジフェンヒドラミン中毒」により心肺停止状態で運ばれたもののそのまま帰らぬ人となった事例がありました。彼女が倒れていた公園には「レスタミン糖衣錠(120錠包装)」が転がっており、これを10瓶ほど飲んだとされています。本当に10瓶(1200錠)すべて飲んだのかは明らかにはなっていませんが、この方の血中濃度は26.73μg/mLでした。通常治療として使われる血中濃度は0.05~1.00μg/mLなので、とんでもない量です。なお、中毒が出るとされる血中濃度は1.00~4.00μg/mLで、死亡してしまうとされる血中濃度は5.00~31.00μg/mLとされています。
このレスタミン糖衣錠は蕁麻疹や湿疹といった皮膚症状、鼻炎といった鼻症状に効果があります。しかも、1瓶1000円以下で買えてしまう安さが特徴です。第2類医薬品であり誰でも手に取れる場所に陳列されています。これはかなり恐ろしいことです。闇ルートの人たちの間にはそういう情報が広まります。こういう症例報告は、今後こうした悲劇を繰り返さないためにどうすればよいかを考える材料になります。
これ以外にもジフェンヒドラミン中毒の症例報告があります。24歳の男性が「トラベルミン」を大量に飲んでしまったという事例です。このトラベルミンは有名な車酔いの薬ですが、成分は「ジフェンヒドラミン」と「ジプロフィリン」の配合剤です。こちらはカフェインの仲間である「ジプロフィリン」が配合されているのがポイントです。カフェイン中毒と同様に動悸や痙攣、不整脈といった症状が起こります。
レスタミン糖衣錠のような古典的な薬を改良した新しい薬を使ったほうが、効果・安全性において優れているといえます。蕁麻疹なら「ムヒDC速溶錠」のような新しい薬を使用したほうが効果も高く、副作用である鎮静作用が少なくなります。蕁麻疹の程度にもよりますが、ステロイド軟膏と組み合わせることもできます。鼻症状については「ストナリニ・ガード」は花粉症のみならずハウスダストによる通年性アレルギーにも使用できます。
わたしは、大量服薬した人を発見して119番した経験があります。死にたくて大量服薬したはずなのに、その人が「助けて!」と無意識で叫ぶのです。もしかしたらその人は、死にたかったわけではなく、つらいことから逃げたいだけだったのかもしれません。つらいことをどうやって克服するのか。本からは先人たちのヒントがたくさん得られます。今はネット社会なので簡単に著者に質問ができるケースもあります。
(文=小谷寿美子/薬剤師)