米連邦準備制度理事会(FRB)は、現地時間の先週木曜日(9月17日、日本時間18日未明)に開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で、焦点だった利上げを来月以降に先送りする決定を下した。イエレンFRB議長は「焦点は中国を含む新興国の状況が米国にどう波及するかということだ」と述べ、8月半ば以来、懸念が強まっている中国発の世界経済の後退リスクを見極める必要があると説明したという。
ただ、これで年内の利上げの可能性が大きく後退したわけではなく、イエレン議長は早ければ10月に開く次回FOMCで踏み切る可能性もあると言明した。
結果として再確認された格好なのが、FRBとしては米国の雇用・物価情勢を最優先して金融政策を決定する方針に変わりがなく、中国や新興国の景気減速や資本流出といった問題は二の次だということだ。世界経済の先行きを左右する政策対応のボールが投げ返されたかたちで、震源地である中国の対応が再び注目されることになる。
実施されていれば、米国の利上げは9年3カ月ぶりのことだった。FRBは2008年のリーマンショックを受けて、世界に先駆けて異次元の金融政策を採用、これに日本銀行や欧州中央銀行(ECB)が追随した経緯がある。フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0~0.25%とする事実上のゼロ金利政策がいつ解除され、米国の金融政策が正常化するか、早くから注目されていた。
ただ、8月の中国発の世界同時株安をきっかけに、米国の利上げで海外、特に中国などの新興国市場に流入していた米ドルの還流が起きて、その資本流出が中国や途上国経済の悪化に拍車をかけるのではないかとの懸念が台頭。トルコのアンカラで今月初めに開かれた20カ国(G20)財務大臣・中央銀行総裁会議の声明でも、名指しこそしなかったものの、FRBに慎重な対応を迫る文言が盛り込まれていた。
それにもかかわらず、FRBは米国内事情を最優先して“独善利上げ”に踏み切るのではないかとの見方が根強く、今回のFOMCはその動向がいつも以上に注目を集めていた。
ただ、日本経済新聞によると、イエレン議長はFOMC後の会見で、「FOMCのメンバーの大半が(政策金利である)FFレートを今年末までに引き上げると予想している。先行きの不透明さは常にあることで、完全に払拭されることはないだろう。世界経済と金融市場の動向について、米国への影響を精査するためにはもう少し時間が必要と考える」と強調、近く利上げに踏み切る考えを明らかにした。
その時期についても、「すべてのFOMCで金融政策の変更ができる」などと語り、次回10月27、28両日に開くFOMCで利上げする可能性を示唆したという。
この結果、改めてFRBが米国の中央銀行であり、米国経済に大きな影響を与えるリスクがないと確認されれば、中国や新興国の経済は二の次で、米金融政策の正常化を断行する考えに変わりがないことが明確になった。イエレン議長らは、物価と雇用を守ることが最大の使命である中央銀行家らしい態度をとっているといえる。
中国、問われる経済統計の信頼回復
輸出の大幅な落ち込みと予想外の人民元切り下げ、上海株の度重なる急落などによって、8月の世界同時株安の震源地になったのは中国経済だ。前述のトルコで開催されたG20をはじめ、内外で中国当局は構造改革の実施を公約しているが、その言葉に反して経済の実態は依然として藪の中である。
そこで、まず求められるのが「人為的」と評されるGDPを始めとした経済統計の信頼の回復だ。計算手法をきちんと確立・開示し直すことが最優先である。同じく藪の中のシャドウバンキング(影の銀行)の経営や理財商品、国営企業の経営実態などの情報開示(ディスクロージャー)も避けて通れない。
そのうえで、中国経済の問題を網羅する広範な構造改革のメニューや狙い、実施スケジュールを策定し、その工程表を作成・公表することが重要だ。中国経済の情報開示について、エコノミストの中には「普通選挙もやっていない中国がまともな情報開示をできるわけがない」と冷ややかな向きがある。確かに現状では説得力のある見方だが、このままでは中国発の世界経済の後退リスクを解消することは難しい。
日本のバブル崩壊前の1987年秋に「ブラックマンデー」と呼ばれる株価暴落があったり、米国発リーマンショック前に政府系住宅公社やベアースターンズ証券などの経営破たん劇が露呈したように、歴史的な経済危機の前には大きな予兆があることが珍しくない。
日米はそうした危機の勃発を予防することができず、事後的に構造改革のパッケージを策定し、何年もかけて経済を再建した苦い経験を持つ。今まさに焦点になっている米国の利上げは、そうした経済対策にいつピリオドを打つかという問題である。
歴史的に見て、今年8月の中国発世界同時株安が、深刻な経済危機の予兆だったということにしないためには、中国の経済問題を網羅する異例の構造改革パッケージが必要だ。ただ、中国の場合、その前提となる正確かつ透明な情報開示の風土が存在しないため、その土台づくりから始めることを求められているのである。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)