報じる1月11日付朝日新聞より
安倍晋三首相は1月15日、日銀総裁人事について、2月15日をめどに副総裁人事案と併せ与野党に提示する方針を固めた。白川方明総裁は4月8日、山口広秀、西村清彦両副総裁は3月19日に任期満了を迎える。安倍首相は15日に官邸で、内閣官房参与の浜田宏一エール大名誉教授ら金融分野の有識者7人と協議し、大胆な金融緩和が必要との認識で一致した。次期総裁は「リフレ(通貨膨張)政策」を大胆に推し進める人物に白羽の矢が当たる。
安倍首相は組閣前の絶妙の時期を見計らい、
「(日銀が2%の物価目標を設定しなかった場合)日銀法を改正してアコード(政策協定)を設ける。雇用についても責任を持ってもらう」(12月23日)
「円高を是正するのは、政府・中央銀行の使命」(12月25日)
などと、具体的な為替水準や日銀法改正について言及した。首相就任後には、説明・実行責任が伴うセンシティブなテーマについて、事前に開陳しておくことで流れをつくる意図があった。つとめて戦略的な言動だ。
安倍首相は麻生太郎副総裁兼財務・金融相への指示書で、最優先課題は「デフレ・円高からの脱却」と明記した。そのためには、あらゆる政策を総動員する気概が感じられる。そして焦点は、日銀総裁人事に注がれている。
●日銀、「金融緩和は十分」との考え
他方、日銀は、現状でも十分に金融は緩和されていると考えている。世界で最も早く金融危機に見舞われた日本、確かにゼロ金利の導入を含め金融緩和の先鞭をつけたのは日銀である。しかし、リーマンショック後の金融緩和量はFRB(米連邦準備制度理事会)の半分、ECB(欧州中央銀行)との対比でも下回る。結果、異常な「円高」を招き、輸出企業は疲弊した。いまや貿易赤字は慢性化し、経常赤字転落も囁かれている。
日銀はバブル期にじゃぶじゃぶに資金供給し資産価格の暴騰を招いたという過去のトラウマに縛られ、有効な手を打てないでいる。「伝統的に日銀の関心事は物価だけ、為替や株価は関係ないと思っている。とくに株価は株屋のことと冷淡だ」(財界人)とも指摘される。「物価の番人」を自任する日銀は、世界の金融通貨戦争とも一線を画してきた。
だが、世界の中央銀行は日々進化している。「物価の安定」と「雇用の最大化」を政策目標とするFRBは、失業率が6.5%以下になるまで金融緩和を継続することを決めた。また、公募で外国人総裁を招聘する大胆な策に打って出たBOE(イングランド銀行)では、次期総裁に選ばれたカーニー氏(現カナダ銀行総裁)が、名目GDP成長率を政策目標に据える考えを表明している。
●安倍首相のトラウマ
残る日銀はどうするのか?
デフレ脱却に向け日銀に大胆な金融緩和を求める安倍首相の強硬姿勢には、「小泉政権時代に福井俊彦日銀総裁(当時)に騙されたという気持ちがある」と総理周辺者は語る。当時、官房長官として金融緩和の継続を求めた安倍氏に対し、福井氏は「デフレには“いいデフレ”と“悪いデフレ”がある」とはぐらかし、結果としてデフレを深刻化させた。
麻生財務相はミャンマー訪問中の1月4日、次期日銀総裁について、「向いている人なら誰でもよい、バック(出身母体)が悪いから駄目だということはない」と、財務省OBも候補として排除しない考えを示した。この発言について日銀関係者は「少なくとも日銀プロパーは御免だということ。白川総裁は年末の記者懇談で珍しく痛飲したようだが、気持ちがわかる」と語る。
だが、ポスト白川を占うのは容易なことではない。その人選は、衆参両院の国会同意人事となっているためだ。かつて日銀総裁ポストは、日銀プロパーと旧大蔵省事務次官経験者によるたすき掛け人事が慣例化していた。しかし、現在はこの慣例は崩れ、ここ3代にわたり日銀プロパーが総裁に就いている。
●総裁ポストの奪還狙う財務省
このため、旧大蔵省(現財務省)はその奪回に意欲を示しているが、前回の08年の総裁人事では、当時の与党自民党が武藤敏郎副総裁の昇格を国会に提示したものの、参議院で過半を占めていた民主党の反対で否決された経緯がある。「天下りはまかりならんというのが民主党の言い分だった」(自民党幹部)。このため、与党は次善の案として、田波耕治氏(国際協力銀行総裁)を提示したが、これも元大蔵事務次官ということで否決され、最終的に「日銀出身で京都大学大学院教授に転じていた白川氏が“漁夫の利”を得た格好となった」(同)。