大胆な金融政策は、竹中平蔵や浜田宏一など、日銀に批判的な学者の意見だ。だが浜田らは、「国債を引き受けて公共事業を」という財政膨張は支持していない。財政出動で国土強靭化を進言したのは、藤井聡京大教授などのグループで、これに自民党の土建議員が群がった。
内閣府OBのエコノミストは、「アベノミクスは、財政ファイナンスという禁じ手を金融緩和の名の下に行う政策です」と指摘する。
財政ファイナンスとは、中央銀行が国債を引き受けて財政を支える手法を指す。日本では戦前・戦中に行われ、戦後の大インフレの原因になった。政治の言いなりになる人物が日銀総裁に選ばれたら、財政ファイナンスに踏み切る可能性が出てくる。「アベノミクスで、安倍を支える学者から総裁が選ばれたら大変だ」と、財務省はガードを固める。日銀も同じ思いだ。
●武藤なら財務省・日銀の勝ち、それ意外なら痛み分け
総裁候補の下馬評に挙がっているのは、
・元財務次官の武藤敏郎・大和総研理事長
・元日銀副総裁の岩田一政・日本経済研究センター理事長
・元財務官の黒田東彦アジア開銀総裁
・伊藤隆敏東大教授
・竹中平蔵慶応義塾大学教授
などだ。
財務・日銀連合が推すのは武藤である。財務次官、日銀副総裁を経験し、安定感には定評がある。政権の意に添いながら、財務省や日銀の立場に配慮する舵取りができる、とされている。だが安倍周辺でアベノミクスを担ぐ人たちは「武藤だけはダメ」という。面従腹背で日銀寄りの舵取りをする、と見るからだ。
では誰ならいいのか?
竹中平蔵なら文句はないだろうが、経済財政諮問会議の委員就任を政府は拒んだだけに、可能性は薄い。アベノミクス派はすでに排除されているともいえる。
総裁人事は、安倍・麻生の力比べという展開だ。財務省の主張する「武藤がダメなら、財務省の立場がわかる黒田で」という選択もある。だが、アジア開銀総裁のポストを空けると、中国に取られる恐れがあると政府は警戒する。
金融学者の起用には、麻生が「学者は総裁に向かない」と拒否。間隙を縫って官庁エコノミストの岩田一政が浮上する芽も残っている。武藤に決まれば財務・日銀の勝利。それ以外なら痛み分け、という状況である。
(文=山田厚史/ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員)
●山田厚史(やまだ・あつし)
1971年朝日新聞社入社。青森・千葉支局員を経て経済記者。大蔵省、外務省、自動車業界、金融証券業界などを担当。ロンドン特派員として東欧の市場経済化、EC市場統合などを取材、93年から編集委員。ハーバード大学ニーマンフェロー。特別編集委員(経済担当)として、大蔵行政や金融業界の体質を問う記事を執筆。2000年からバンコク特派員。2012年からフリージャーナリスト。CS放送テレビ番組で、コメンテーターなども務める。