新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を受け、4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大され、翌17日には東京での新規感染者が200人を超え、18日には国内感染者が累計1万人を超え、状況は徐々に悪化しつつある。政府のコロナ感染への対応については、「緊急事態宣言の発令が遅い」「PCR検査数が少ないので感染の実態がわからない」との批判が強くなりつつある。
感染者数(4月17日現在)を見てみると、日本は9645人、アメリカは64万8788人、イタリアは16万8941人、スペインは18万2816人、フランスは16万5027人、英国は10万3093人となっている。ただし検査数をみると(4月18日現在)、ドイツは150万件、アメリカは100万件、韓国は43万件なのに対して、日本は10万件に満たないので、日本の感染者数は実際はもっと多いと思われる。
しかし、日本の死亡者数は欧米先進国に比して極めて少ない。4月18日時点で、日本は154人、アメリカは3万1590人、スペインは1万9130人、イタリアは2万2170人、フランスは1万7920人、英国は1万3729人である。ちなみに、後述するが日本の数字は病院での死亡者数がベースである。
以下、なぜ日本の死者数が少ないのかを考察したい。
日本での死者、後期高齢者に多い
まず、感染患者の死亡率をみると、70代から平均を上回り、80~90代では平均の6倍を超えるので、高齢者の感染患者数が多ければ、死者数は急速に増えることになる。イタリアの死者の平均年齢は80歳に近い。日本での死者も同様に後期高齢者と複数の基礎疾患を有する人が圧倒的に多い。
では、感染者に占める70歳以上の比率を見てみよう。死者数の多いイタリアとスペインでは4割である一方、死者数の少ない韓国では1割程度である。また、イタリアやスペインに比して、死者の少ないドイツでは2割以下である。一方、日本を見てみると、ドイツと同様に2割程度と低い。この意味では、日本の死者の数が少ないのはある程度は理解できる。
死者数の少なさの理由として、医療体制の整備を上げる説明もある。確かに人口当たりの日本の病床数は欧米に比して多いのは事実である。また、肺炎となったコロナ感染の重篤患者には必須の人工呼吸器に関しては、日本は1万3000台と、ドイツの2万5000台の半分である。ちなみに、死者の多いフランスの5000台、イタリアの3000~5000台よりは人口比を勘案しても多い。医療体制の整備は、死亡率を低くする説明にはなるであろうが、感染者に占める高齢者の比率が低いことの説明にはならない。
実際、多くの死者に苦しむイタリアは、日本に次ぐ世界第2の高齢社会の国であるが、世界の先頭を走る超高齢社会の日本で、なぜ感染者に占める高齢者の比率が低いのか。
物理的に隔離されている日本の高齢者世帯
筆者は、その理由として下記の要因があるのではと考えている。
ひとつ目は、高齢者の世帯構造をみると独居と老夫婦住まいが6割を占めており、これに親と未婚の子のみの世帯が2割ある。2世代や3世代世帯は2割しかない。高齢世帯の孤立は問題視されて久しい。裏を返せば、これは高齢者世帯が物理的に隔離されていることを意味する。
ただし、親子関係次第で、親子が別々に暮らす物理的隔離は必ずしも高齢者をコロナ感染から隔離することを意味しない。欧米では親子は別々に暮らすことが多いが、ラテン系南欧州では、北欧州に比して同居もするが、別居していても親子関係は濃密で、毎週親子や親せきで集まることは一般的である。この親密な親子関係が災いしたのがイタリアやスペインであろう。
欧州4カ国での居住経験のある筆者からみると、北欧州では子供は早くから独立し高齢の親とは同居せず、加えて親子関係は南欧州のような濃密なビッグファミリー的な印象をうけない。これが、ドイツでの感染者における高齢者の比率の低さをもたらしているのではないか。
それでは、日本はどうであろうか。世界でも稀有な「オレオレ詐欺」がまかり通ることでもわかるように、日本の親子関係は歪んでおり希薄化しているといえる。皮肉であるが、この親子関係の希薄化と老人世帯の孤立が、高齢者をコロナ感染から隔離したと考えることはあながち外れてはいないであろう。
次に考えられる要因は、介護保険ともかかわる高齢者用の施設である。主たる施設の収容規模は現在、介護老人福祉施設(特養)が61万床、有料老人ホーム(介護付きを含む)が52万床、介護老人保健施設(老健)が37万床、サービス付き高齢者住宅(サ高住)が24万床、グループホームが21万床と総数で約190万床である。これに軽費老人ホーム、養護老人ホーム、介護療養型医療施設を加えると215万床となる。これは、要介護3以上の要介護認定者数の225万人と人数的にはバランスする。
日本の80歳を超えた高齢者のコロナでの致死率は20%程度であるが、より深く見てみると、介護現場の感覚では、特養をはじめとする高齢者施設には、80歳以上のより虚弱な高齢者が多く集まっており、もしこうした高齢者が感染した場合の致死率は50%ではないかといわれている。この致死率で、コロナが虚弱高齢者を襲えば、死者数はあっという間に増加する。
しかし、現実はそうなっていない。つまり、介護施設が虚弱高齢者のコロナ感染への防壁となっているということである。メディアで病院などのクラスター化が報道されるが、高齢者施設がクラスター化しているという報道は現在極めて少ない。高齢者はインフルエンザなどから肺炎になり亡くなることも多く(毎年約10万人が肺炎で亡くなる)、2009年の新型インフルエンザの流行以来、介護施設での防疫体制はかなり徹底されてきた。これは施設だけではなく、在宅訪問介護でも同様である。それが今回のコロナ蔓延でも、死者を増やさないために重要な役割を果たしたのではないかと思う。
後期高齢者の6割、コロナ感染の低い地域に居住
最後に、高齢者の居住分布を見てみよう。後期高齢者の6割は、最初に緊急事態宣言の出た7都府県以外の比較的にコロナ感染の低い地域(僻地に残る高齢者も多い)に居住している。また、コロナ感染の高い東京などの大都市に介護施設が集中していることも、死亡者の抑制に寄与したと思われる。
このように見てくると、日本において死亡者が少ないのは、政権の対応とは関係がなく、皮肉にも政権が問題視する高齢世帯の孤立と親子関係の希薄化、多くの高齢者が過疎化する地方にとどまっていること、そして、特に高齢者施設で働くスタッフの意識の高さと献身によって高齢者はコロナから守られていることが要因だといえよう。
ゆえに死亡者の少なさは、政権の対応のお陰ではない。事実、日本政府は欧米のように早期から高齢者に対して強く外出を控えるようにという明確なメッセージを出していない。
現在、コロナ感染は東京を筆頭とする大都市圏から、地方に移りつつあるようにみえる。高齢者の6割は地方にいるので、今後のコロナの地方への伝播次第では、死亡者が急激に増えないともいえない。
また、現在、「コロナ患者の在宅看取りは行われていないはず」ということになっているが、家族が納得し、ひそかにコロナ患者の在宅看取りが行われている可能性はあるだろう。重度介護者が施設や自宅でコロナ感染による肺炎で亡くなっても、死後の検査を徹底して行うこともないだろうから、現在同様にコロナでの死者数には含まれない可能性も指摘されている。専門家が肺のCTを見ればコロナ由来のウイルス性肺炎はわかるというが、年間10万人が肺炎で亡くなることを考えると、すべての肺炎死亡者のコロナ感染判別は現実的ではないだろう。
しかし、コロナ感染の蔓延防止の観点からすれば、在宅や施設での看取りを、きちんと考慮する必要が今後強まるのではないであろうか。
日本は、まさに薄氷を踏む状況である。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)